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[COMPUTEX]一強時代の終わりを迎えたQualcommはどう戦うのか? 高速無線LAN技術とSoCの優位性をアピールした発表会レポート
新製品の発表といった派手な話題はなかったが,無線LANの高速化や他社製SoCとの比較といった興味深い話題が語られたので,発表会の概要を簡単にまとめてみたい。
無線LANのさらなる高速化&使い勝手向上を目指す
IEEE 802.11ac Wave-2
- 5GHz帯のマルチユーザーMIMO(Multi User MIMO,以下,MU-MIMO)
- 160MHz幅への通信帯域幅拡張
まずはMU-MIMOから説明していこう。現在の11acで使われているMIMO(Multi Input Multi Output)技術というのは,複数の無線通信モジュールを同時に通信させることで,通信速度を高速化するものだ。しかし,現在の方式は,アクセスポイント(以下,AP)と無線LANデバイスが1対1で通信を行うために,同時に通信できるのは1台だけに限られてしまい,複数のデバイスが同時に通信できない。一見すると,同時に通信できているように見えるのは,実際は細かく時間を区切って,個別に通信を行っているのだ。そのため,現在の方式は,シングルユーザーMIMOと呼ばれることもある。
それに対して,MU-MIMOでは,APと複数のデバイスが同時通信できるようになるので,ユーザー全体の通信速度が向上するのだとQualcommでは説明していた。
2020年になると,米国では1世帯あたり平均20台のインターネット接続デバイスが存在するようになると,Qualcommでは予測しているという。5年先といわずとも,今日(こんにち)すでに,スマートフォンや携帯ゲーム機,ノートPCなど,家庭の中で複数の無線LANデバイスが動作しているという人は珍しくないだろう。そのうえ,さまざまな機器が個別にインターネットへとつながるようになる「Internet of Things」(以下,IoT)の時代になれば,無線LANデバイスの数が急増するはずで,現状のままでは,快適な無線LAN環境は望めなくなってしまう。これを解決するのがMU-MIMOというわけだ。
Qualcommによれば,MU-MIMOの導入によって,既存の11acと比べておおむね「1.8〜2倍の速度向上が可能」になるという。実際の通信速度がどの程度になるのかは検証を待ちたいが,期待を持てる数字ではないだろうか。
さて,もう1つのポイントである160MHz幅への通信帯域幅拡張とは,現在の11acで使える80MHz幅を2倍に拡張するというものだ。これはもう単純で,通信帯域幅が広がった分だけ,通信速度が向上すると考えていい。
これらの仕様を備えたWave-2対応の機器が普及すれば,家庭内にある複数の機器が同時に通信を行っても,遅延の少ない高速な通信が安定して行えるようになる。ただ,Wave-2は,11acの標準仕様として策定されているものの,現時点ではQualcomm製品以外の対応チップが存在しないため,相互認証テストが行えない状況にあり,Wave-2部分のWi-Fi認証は取得できていないそうだ。
Qualcomm製のMU-MIMO対応無線LANチップを搭載する製品は,すでに販売されている。まず無線LANルーターは,ASUSTeK ComputerやNECなどから発売されており,今後もさまざまなメーカーから,対応製品が登場してくる予定とのことだった。
さらに今回,MU-MIMOだけでなく160MHz幅での通信にも対応した無線LANチップとして,ルーター/ゲートウェイ向けの「QCA9984」と,エンタープライズAP向けの「QCA9994」という2製品も発表されている。
無線LANデバイス側では,Qualcomm製無線LANチップの一部がすでにMU-MIMOの機能を備えているとのことで,これを採用しているスマートフォンやタブレットであれば,ソフトウェアアップデートでMU-MIMOに対応可能となるそうだ。
Wave-2への対応によって,無線LANがより使いやすくなる日は,そう遠い話ではないだろう。
Qualcommには珍しく,競合製品との比較で優位性をアピール
さて,Qualcommといえば,スマートフォンやタブレット用SoCの最大手であり,この分野では圧倒的な強みを発揮している企業といったイメージが強い。しかし,モバイル機器向けSoC分野は競争が激化しており,IntelやSamsung Ele
競合の追い上げに対してQualcommは,Snapdragonシリーズをさまざまな新技術に対応させることによって,優位性を確保していくようだ。今回の記者説明会では,前述の競合3社が展開するSoCとQualcomm製品の機能や性能を比較するという形で,その優位性をアピールしていた。
とくに優位にあるとされたのが通信機能だ。Snapdragon 810は,下り通信速度が最大450MbpsになるLTEの「Cat.9」(カテゴリ9)をサポートしているのに加えて,日本で主に使われているLTE規格の「FDD LTE」,WiMAX 2+の通信規格である「TD-LTE」の両方式での通信が可能である。また,LTE上で音声通話を行う「VoLTE」,11acのMU-MIMO,さらにミリ波と呼ばれる60GHz帯の電波を使う無線LAN規格「IEEE 802.11ad」にも対応するなど,豊富な機能を備えるという。それに対して,競合製品でこれらすべてをサポートするものはないので,通信機能ではSnapdragon 810が優位であると,説明を担当したPeter Carson氏は主張していた。
それ以外の項目でも,競合製品に対してQualcomm製品が勝っていると,Carson氏はアピールしていたが,比較対象によって項目の中身が微妙に変わっていたりもするので,全体を見てどれが一番,というのは言いにくいというのが正直なところか。
SoCメーカーによっては,機能よりも価格を重視することもあるわけで,戦略の異なる企業同士の製品を一概に比較できるものではない。とはいえ,現行のモバイル向けSoCの中でも,とりわけ幅広い機能を網羅しているのがQualcomm製品である,とはいえそうだ。
説明会場ではスライドだけでなく,スマートフォンの実機を使った比較デモも行われていた。3Dグラフィックスや4Kビデオのストリーミング再生といった比較は,確かに違いが分かりやすい。ただ,SoCの処理性能をどこまで引き出すかは消費電力とのトレードオフになるので,同じSoCを積むスマートフォンの性能が,どれも同じになるとは限らないという点には注意しておく必要がある。
Qualcommが比較のために競合他社製品を並べてくるというのは珍しいことで,とくに実機による比較デモを披露するというのは滅多にないことだ。同社の説明会には何度も出席している筆者だが,いささか驚かされた。トップシェアのSoCメーカーとして競合他社から比較されることも多いQualcommだが,競争が激しくなってきたことで,うかうかとはしていられないと判断したのかもしれない。
しかし,競争が激しくなることによって性能向上や電力消費の低減も進むと考えれば,Snapdragonが一強を独占する時代が崩れること自体は,消費者にとって歓迎できるものではないだろうか。
Qualcomm 公式Webサイト
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