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[GDC 2018]またボードゲームデザインデイがGDCにやってきた。ボードゲームにおけるランダマイザの特性とは
Geoffrey Engelstein氏 |
そんななか,昨年は「Board Game Design and the Psychology of Loss Aversion」(ボードゲームデザインと損失回避の心理学)と銘打った講演を行ったGeoffrey Engelstein氏が,今年もまた登壇するということで取材することにした。
「WHITE, BROWN, AND PINK: THE FLAVORS OF TABLETOP GAME RANDOMNESS」と題された,講演の内容をレポートしよう。
ゲームにおける「不確かさ」
Engelstein氏については昨年の記事の冒頭を見ていただくとして(ちなみに氏は現在,「Space Cadet」の拡張セットを作っているとのこと),早速講演の中身に入ろう。
Engelstein氏は最初に,「ゲームデザインにおいて,不確かさがどの程度であるかという点は,極めて重要だ」という一節を引用する。これは2013年にコスティギャン氏が書いた本に登場するものだ。
実際,不確かさが完全にゼロ(何をやっても毎回必ず同じ結果になるもの)は,「ゲーム」ではないとされることが多い。小説や映画は不確かさがゼロだし,選択肢がまったく存在しないノベルゲームが「これはゲームなのか」と問われるというのは,もはや伝統芸能のようなものだ。
さて,この「ゲームにおける不確かさ」には,大きく分けて4種類があるとEngelstein氏は指摘する。
(1)情報の秘匿:いわゆる不完全情報ゲーム。ポーカーにおいて相手の手札が分からない,といったものが有名
(2)技術依存:完全に同一の結果を出すことが難しいゲーム。敵の出現パターンが固定されたシューティングゲームが代表例か
(3)対戦相手:対戦相手が何をしてくるかが分からないゲーム。対戦相手の有する技術水準によっても,その反応の幅が変化する。チェスや将棋のような完全情報の対戦ゲームが代表例といえる
(4)乱数発生装置:ゲームの進行に乱数が関与するので,何が起こるか分からないゲーム。
このうち今回は(4)についてとくに議論しよう,というわけだ。
入力がランダム・出力がランダム
さて,ランダマイザと言っても様々な種類があり,その種類ごとにゲームに与えるインパクトは異なる。
だがランダマイザが関与してくるタイミングというのは,ある程度まで固定されているとEngelstein氏は指摘する。そしてここでゲームとはどのように進行していくものかをが図示された。
Engelstein氏の図によると,ゲームは以下のような進行を繰り返すものだ,ということになる。
(1)ゲームにおける状況がプレイヤーに提示される
(2)プレイヤーが意思決定を行う
(3)結果がゲームにおける状況に反映される
そしてこのループの中でランダマイザが関わるタイミングは限られており,かつ「ランダマイザが関わらないタイミング」との間に規則性が存在すると氏は語る。
つまり,
(1)入力がランダム:「どのような状況が提示されるか」にランダマイザが関与するが,ゲームにプレイヤーの意思決定が反映された結果は固定されている
(2)出力がランダム:「どのような状況が提示されるか」は固定されているが,ゲームにプレイヤーの意思決定がどのように反映されるかにはランダマイザが関与する
この2パターンである。
入力がランダムな例としては,カードゲームがもっとも分かりやすい。
カードゲームにおいて,自分の手番が来たときの「手札」がどうなるかには,ランダマイザ(=カードデッキからどんなカードを引くか)が関与する。
一方でカードをプレイすれば,その結果は原則として必ずプレイヤーが思った通りにゲーム内状況へと反映される。
出力がランダムな例としては,TRPGが分かりやすい。
TRPGにおいて,「君たちはこれこれこのような状況にある」という情報は,ゲームマスターからの伝達によって固定される。
プレイヤーはその状況を元に意思決定を行う(=行動を宣言する)が,宣言した行動が成功するか否かには,往々にしてサイコロというランダマイザが関与する。
とはいえ大きな目で見ると「入力がランダム」で,かつ「出力がランダム」であるといったゲームも珍しくはない。
例えば「リスク」のような戦争ゲームにおいて,手番が来たプレイヤーが「立ち向かうべき状況」は固定されている(そして意思決定がゲームにどう反映されるかにおいては,サイコロというランダマイザが絡む)。
しかし,手番が来たプレイヤーが「立ち向かうべき状況」には,「それまでの間にプレイしてきた他のプレイヤーが振ったサイコロの結果」というランダム性の関与がある。
ゲームプレイが循環し続ける以上,そのどこかにランダム性が絡んだら,入力にも出力にもランダム性の影響を拭い去ることはできないし,それは展開の幅を担保するという点において問題ないとEngelstein氏は指摘する。
しかしながら,入力がランダムなのか,出力がランダムなのかで,プレイヤーが受ける印象は大きく変化し得る。
具体的に言えば,
入力がランダム:
戦略的
ゲームを自分がコントロールしている感覚が強い
技術介入度が高い
出力がランダム:
戦術的
運の要素を感じる
技術介入度が低い
要は「出力がランダム」であるほうが,より「このゲームは運の要素が強い」と感じやすいというわけだ。
ちなみにここにおいて例外として指摘されたのがウォーゲームである。
ウォーゲームは出力がランダム(戦闘の結果にランダム性が関与する)なゲームだが,にも関わらずプレイヤーは技術介入度の高さと,高度な戦略性を感じる(もし読者がウォーゲーマーであれば,この「高度な戦略性」は「長期的展望を構築する必要性」程度に考えるといいだろう)。
これは,ウォーゲームは「とてつもない回数に渡ってサイコロを振る」という特性があってのことだ,とEngelstein氏は指摘する。「カタンの開拓者たち」あたりをプレイしたことがある人なら直感的に分かると思うが,1ゲームの間に振るサイコロの数がせいぜい30回程度であれば,「サイコロの目が荒れる」ことは珍しくない。
だがウォーゲームの場合,規模にもよるが,1プレイヤー手番の間にサイコロを30回(以上)振るゲームも存在するし,コンパクトなゲームであっても1ゲームを通じて50回程度のダイスロールが行われるのは普通のことだ。
このようにサイコロが振られる回数が多ければ多いほど,その結果は平均へと近づいていく。このためウォーゲームにおいては「起こるべきことが必然的に起こった」的な展開が増え,プレイヤーは「技術介入度が高い」と感じるようになる,というわけだ。
ランダマイザが持つ性質
さて,ゲームに対してランダマイザの関与するタイミングによってゲームのテイストが変わるという事例の次は,ランダマイザが持つ性質そのものによってもゲームのテイストが変わるという話題である。
Engelstein氏はまず,ランダマイザが持つ最も大きな特性として「1つ前に出た値が,次の値にどれくらい影響を与えるか」があると語る。
そしてこの観点に立つと,ランダマイザは3つのパターンに分類できると氏は語った。それぞれホワイトノイズ・ブラウンノイズ・ピンクノイズである。
ホワイトノイズは,ランダマイザの事象が完全に独立しているパターンだ。6面サイコロを1つふって1が出たとしても,次にもう1度サイコロを振ったらどの目が出るかには影響しない。
これはゲームにおける最も一般的なランダマイザである。
ブラウンノイズは,前回の結果と今回の結果の間に強い関係が存在する形式である。
ピンクノイズは,前回の結果が相当のところまで今回の結果に影響するが,まるで影響しない可能性もある,という形式だ。また「小さく変化する」可能性は高い一方で,「大きく変化する」可能性は低くなる。
以下,実際にこれらの性質を持ったランダマイザが,どのようにゲームに使われているかを見てみよう。
まずは経済系のゲームから。
1987年に出版された「Schoko & Co」においては,市場の変動がカードによって表現される。だが市場カードの出現は毎ターン完全にランダムであり,前のターンがどうだったかには何の影響も受けない。完全なホワイトノイズである。
このためプレイヤーはこのゲームが示す「市場」を非常に混沌としたものだと感じるし,また「このターンの市場カードをこっそり見ることができる」という能力は劇的な効果を発揮することになる。
1974年の「Crude/McMulti」においては,市場の予見可能性はもう少し高い。
このゲームでは,市場の状況はカードで提供され,「次にどのような市場の状況が訪れるか」はサイコロによって決定される。だが「次に来る可能性のある市場の状況」はカードごとに異なる表が掲載されている――上り調子なときはより拡大する可能性が高いし,最高潮に達すると次は下降ないし暴落する可能性が高まるという仕組みだ。
Engelstein氏はこれを「ホワイトノイズとブラウンノイズの混合」と分析する。サイコロの出目1つ1つは独立した事象だが,「サイコロの出目によってどんな結果になるか」という点に着目すると,前回の結果は,今回の結果に対して,強い影響を与えているのである。
2012年の「Crude」では,市場の変化はより洗練されたものになっている。
このゲームにおいては,市場が変化するかどうかは,サイコロで決まる。しかしサイコロを2個ふって,その差分を蓄積し,蓄積された値が8以上になったら市場が変化する,という仕組みになっている。
このため蓄積された値が0ならば「絶対に変化しない」(ダイス2個の差分は最大で5)と言えるし,蓄積された値が7でも「変化しないかもしれない」(ダイス2個の差分は最小で0)と言える。一方で蓄積値0の状況からカウントして2回で変化が訪れる(5+3以上でオーバーする)可能性もあり,「だいたい先は読めるが,急激な変化が起こる可能性も否定できない」というバランスになっている。
Engelstein氏はこれを「ピンクノイズだ」と分析した。
どうやってピンクノイズを作るか
Engelstein氏はランダマイザの特性としては「ピンクノイズが好まれる傾向が強い」と指摘する。だがコンピューターであれば比較的容易に作り出せる「ピンクノイズ」のランダマイザを,アナログゲームで作ろうとすると,なかなか難しいとも氏は語った。
最もシンプルな方法としては,別枠でイベントテーブルを作るという手法がある。
Engelstein氏が提示したのは「Advanced Squad Leader」の「Heat of Battle」テーブルだ。「Advanced Squad Leader」は戦術級(歩兵は小隊単位,車両は1両単位でユニット化され,村落の奪取などを巡って戦うスケールの戦闘を扱う)ウォーゲームだが,この作品では戦闘結果を参照するときのサイコロで2または12が出ると,「Heat of Battle」表を振らねばならない。
「Heat of Battle」表では,ユニットは突如英雄的な活躍をするようになったり,錯乱したり,投降したりといった様々な結果が発生し,戦場をさらに深い混沌へと導く。「ピンクノイズ」で言う「低いながらも存在する,大きく変化する可能性」である。
このようなテーブルは,古いTRPGにおいても「クリティカルテーブル」「ファンブルテーブル」といった形で,しばしば見ることができる。
また上方無限ロールもまた,ピンクノイズの発生装置である。
例えばサイコロを1つ振って,「1〜3まではハズレ,4〜5は1ダメージ,6は2ダメージ+振り足し」というルールを作ったとする。この場合,無限に6を振り続ければ,ダメージは無限に拡大し続ける。これもまた「低いながらも存在する,大きく変化する可能性」と言えるだろう。
より幅広い知見を求めて
今回のEngelstein氏の講演は,用語的に見ていささか混乱しやすい側面が含まれているとはいえ,実に興味深い示唆がなされている。
とくに「入力と出力のランダム」という視点は,アナログゲームを考えるにあたってかなり見通しが良くなる考え方ではないかと思われる。個人的には「入出力ともにランダムが絡む」傑作がいくつか思いつくが,そこも含めて面白い考え方と言えるだろう。
また,いかにBoardgame Design Dayとはいえ,GDCでウォーゲームのCRTを見たり,「Advanced Squad Leader」の名前を聞く日が来るとは思わなかった。このあたり,国内外のウォーゲームデザイナーは,PCゲーム開発の現場にもっと知見を提供できる余地があるのではないか,と改めて感じさせられる講演だった。
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