「ありがたき哉 日本語化 」は,ここ最近で日本語対応となった海外作品を良い機会だからあらためて紹介しようという,フワッとしたコーナーです
「未知の惑星で謎を追うゲームを遊びたい。ちゃんとした人が生み出した世界設定を採用していて,景色を眺めているだけでうっとりできるようなやつで」 という人は,今回紹介する
「The Invincible」 を遊んでみるといいかもしれません。
The Invincibleは,ポーランドのSF作家であり“20世紀SF最高の作家”の一人ともされる
巨匠スタニスワフ・レム の小説と世界設定を共有する,SFスリラーアドベンチャーゲームです。当該小説は
「Niezwyciężony」 (意味は“無敵”。邦題は
「砂漠の惑星」 と
「インヴィンシブル」 ※後者は新訳版)。本作は,同小説の舞台でもある砂漠の惑星での謎に満ちた出来事を,ある探検家の視点で体験できるウォーキングシミュレータ風のゲームとなっています。
そんな本作は,2023年11月に
PC と
PlayStation 5 ,
Xbox Series X|S でリリースされ,PS5版は国内向けパッケージ版の発売日である8月29日(発売はTeyon Japan。
関連記事 ),PC版はSteam版が9月2日に,それぞれ日本語対応となりました。ありがたき哉。「これは絶対に日本語で遊びたかった!」という人は多いでしょう。SFファンの筆者もです。ああよかった。
The Invincible | Launch Trailer 4K
VIDEO
※ネタバレを避けるため,スクリーンショットは可能な限り序盤のものを使用しています
生物学者が未知の惑星でポツンと一人,目を覚ます
The Invincibleは,ポーランドのインディーゲームスタジオ・Starward Industriesが開発し,11 bit studiosが販売しているタイトルです。Starward Industriesは,
「ウィッチャー」 シリーズや
「サイバーパンク2077」 のCD PROJEKT RED,
「Dead Island」「Dying Light」 といったシリーズ作品で知られるTechlandなど,ポーランドの有名デベロッパに所属していたクリエイター達が集ったスタジオで,本作がデビュー作ですね。
こちらは,比較的最近といえる2021年9月に発売された新訳版の「インヴィンシブル」。ポーランド語原典からの新訳だそうで ※画像は国書刊行会の
Webサイト (外部リンク)より
スタニスワフ・レムは言わずと知れた巨匠です。SFファンでなくても,1972年の「惑星ソラリス」と2002年の「ソラリス」という形で2度も映画化された
「ソラリスの陽のもとに」 (原題:Solaris)の名は,なんとなく耳にしたことがあるかもしれません。スタニスワフ・レムの小説である
「エデン」「ソラリスの陽のもとに」 ,そして
「砂漠の惑星」 (繰り返しますが新訳版の邦題は“インヴィンシブル”)は異星人とのコミュニケーション不可能性をテーマにしたもので,“ファーストコンタクト三部作”などと呼ばれていますね。
(ゲームの)The Invincibleは,小説「砂漠の惑星」の前日譚といった位置付けです。小説「砂漠の惑星」は無敵号ことインヴィンシブル号が惑星レギスIIIに降り立つところから物語が始まりますが,The Invincible(ゲーム)は,そのインヴィンシブル号がまだ訪れていないであろうという設定でのレギスIIIが舞台となっています。
オリジナルストーリー を採用しているため小説を踏まえなくても楽しめると思いますが,せっかくなのでこれを機に小説を読むというのはいかがですか? というかスタニスワフ・レムはとってもいいですよ? というのが筆者の意見です。
タイトル画面からして雰囲気抜群です
さて本作の主人公は,遠征隊の一人としてドラゴンフライ号でレギスIIIの調査に訪れた生物学者のヤスナです。彼女は砂漠の惑星であるレギスIIIの地上でたった一人,目を覚まします。何が起こったのかを彼女自身も覚えていないのですが,あたりを見回しても遠征隊の仲間の姿は見えず,通信機で連絡もとれない。そんなこんなでヤスナは,消えた仲間の行方を追い,少しずつ明らかになる惑星の謎に迫っていきます。
あれ? なぜ私はここに……? みたいな
クルーがレギスIIIの大気の組成を報告する回想シーンです。窒素とアルゴン,二酸化炭素,メタン,酸素の数値が(あたりまえですが)ちゃんと小説と同じでグッときました
ゲームシステムとしては,一人称視点のアドベンチャーゲームという感じで,惑星の3D空間でヤスナを操作しますが,激しいアクションはありません。ビジュアル面では,レギスIIIの雄大な自然美,そしてアトムパンクに分類される
レトロフューチャー なスタイルが大きな特徴でしょうか。ずんぐりと丸みを帯びた建物や乗り物,ロボット,“ガワ”がやたら大きいガジェット群なども,本作の見どころだと思います。
外はだいたい絶景です
ロボットはずんぐり
計器類もなんかかわいい
ハイテクなんだかローテクなんだか分からないパッド
ヤスナを操作する……というより憑依するゲーム
前述のとおり,本作でプレイヤーは,生物学者であるヤスナとなって行動します。ヤスナは惑星の地上で目覚めたあと,仲間の足跡を辿ろうと歩き,走り,さまざまなオブジェクトに接触したり,残された機械を起動したりして情報を得ていきます。望遠鏡や追跡装置に類するガジェットを使用して,目標を調査したり探したりすることもありますね。
ダッシュもできますが,基本は歩きです
マップをしっかりと確認して進路を決めます
要所では降りなきゃいけないですが,乗り物もあります
遠くを見るための「テレメーター」。マニュアルフォーカスにも対応していて,いじっているだけでもちょっと楽しいです
仲間の位置などを追跡できる「トラッカー」。だだっ広い惑星の表面では要所でちゃんと使わないと迷います
金属探知機チックな,その名も「探知機」。ダサかっこいい
計器のツマミやレバー,ノブなどを操作するのは地味ですが結構楽しいですね
ただこれらヤスナの行動をプレイヤーが能動的に行うかというと,そうでもありません。
ヤスナが探険の中で発見するものには,「ここに注目せよ」という意味合いのマーカーがほぼ必ず表示されますし,行くべき方向も,マップを始めとした情報源から,大体推測できます。さらにヤスナは冒険中,たとえば足場の弱い場所などを移動しようとしたりするわけですが,そういった危険をプレイヤーが察知して回避するような作りにはなっていません。
中央に双眼鏡にマークがあります。「テレメーターでここを見よ」ということですね
○のマークが「ここに触れよ」と指示しているわけです
また,乗り物を運転する場合などのように選択できる一部のシーンを除いて,基本的には一人称視点でゲームは進行します。その間はずっとヤスナの息づかいをききながら,彼女の視線の動きのままに,まとっている宇宙服の曇ったシールド越しに周囲を見ることになります。彼女が下を向いたら足が見え,段差をよじ登る時には腕が見え,意識が朦朧とした場合はまぶたが垂れて画面が暗くなります。
要するに,本作はヤスナを操作するゲームではあるのですが,どちらかというと,ヤスナに
憑依 して,彼女をとおして惑星の探索を体験するゲーム――というプレイフィールなんですね。途中で通信できるようになったクルーとの会話では選択肢もあり,これは
マルチエンディング である本作にとっては重要な要素でもあるのですが,選べる言葉はヤスナの背景や考え方から大きく離れたものにはなっていません。ここもやはり,ヤスナに憑依している感触が強いです。本作をウォーキングシミュレータ風としたのは,こういった作りが理由です。
会話中はさまざまな選択を行います。通信機を通した会話はかなり多いですね
謎解きもありますが,比較的簡単だと思います
ちなみに本作は
「コミックモード」 と
「フォトモード」 という2つのモードを備えています。
コミックモードは,プレイしている現時点までの道のりをコミック形式で振り返れるというものです。ゲーム中で特定のイベントが発生した時,プレイヤーの選択結果を反映したシーン(のコミック)がアンロックされる仕組みですね。ゲームを中断して再開する時も,このコミックで現在の状況みたいなものを把握できるので便利です。
コミックモード
フォトモードはその名のとおり写真撮影モードです。レギスIIIは絶景の連続ですから,かなり有用と言えるでしょう。あまりゲームゲームしていない本作では珍しく,いかにもゲームっぽい機能ですね。
フォトモード
スタニスワフ・レムのSF世界を目と耳で感じられる
The Invincibleの魅力は,謎の惑星レギスIIIを歩くという
臨場感 がすべてだと思います。宇宙服を来て過酷な環境のなかで息苦しさを感じながら行動し,なんの気なしに見上げた空が綺麗だった――みたいな点に魅力を感じられる人や,すぐに帰還したいけど惑星上のこの変な物体の謎は置いていけないからちょっとリスクをとろう――みたいな探検家の気持ちに共感できる人に向けた作品だと思います。セール中でなければなかなかの価格(本稿執筆時点で税込4299円)なので,小説を読んでいない人はまずは小説を読んで,セールを狙ってゲームを試してみるのがいいかもしれません。
なお注意点ですが,本作はヤスナの視線にこだわった一人称視点のせいか,プレイヤーの操作に関わりなくグリグリと画面が動くことがあり,筆者はかなり
3D酔い にやられました。アクセシビリティ設定で視野角は最大120度まで広げられるので,酔いに弱い人は利用したいところです。
最後に,酔うと言っておいてアレですが,眺めのいいゲームなので,VR版を出してほしいなとも思います。