インタビュー
「CRIMESIGHT」はミステリーゲームの新たな形になるか。イシイジロウ氏と長田毅志氏に,開発の経緯や今後の展望を聞いた
[こちら]のプレイレポートで紹介しているように,未来の犯罪シミュレート空間が舞台となった独特の世界観や,アナログゲームの精神を色濃く感じさせる挑戦的なゲームシステムが特徴となっている本作は,果たしてどのような経緯で誕生したのか。プロデューサーを務めるコナミデジタルエンタテインメントの長田毅志氏と,世界観の監修を行ったゲームデザイナー / 脚本家のイシイジロウ氏に話を聞いた。
「CRIMESIGHT」公式サイト
対戦型推理ゲーム「CRIMESIGHT」を先行プレイ。論理パズルの“一番美味しい部分”を30分で味わえる挑戦的なシステムが魅力
本日(2022年4月15日)リリースされたKONAMIの新作PC用ソフト「CRIMESIGHT」のプレイレポートをお届けしよう。犯罪を実行する側とそれを阻止するに分かれて頭脳バトルを行う“対戦ミステリーシミュレーションゲーム”は,アナログゲームの精神が感じられる挑戦的なシステムが特徴だ。
アナログゲームの精神が込められた“ターン制推理対戦ゲーム”はどのようにして生まれたのか
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは本作の始まりから話をうかがいたいと思います。この企画はいつ,どのような流れでスタートしたのでしょうか?
長田毅志氏(以下,長田氏):
始まりは2020年6月あたりですね。KONAMIの内部で「新しい企画を立ち上げよう」という話があり,社内で企画を募っていたんです。そこで私が提出したのが,このCRIMESIGHTの企画でした。
イシイジロウ氏(以下,イシイ氏):
KONAMIさんの中で「若手のクリエイターにチャンスを与えよう」という機運が高まっていたんですよね。この流れで私もいろいろと話を聞いてはいたのですが,その中でもCRIMESIGHTはすごく具体的に完成形が見える企画でした。
4Gamer:
企画の立ち上げからご存じということは,イシイさんはだいぶ初期のころから参加されていたんですか?
イシイ氏:
そうですね。企画が動き出してすぐ,比較的早い段階から開発に関わっています。
4Gamer:
なぜイシイさんが参加されることになったのかが気になります。
長田氏:
システム面は開発を始める以前から検証を重ねていて,そこの面白さについては確信があったんですが,どんな世界観や設定にすれば,このゲームを魅力的に打ち出せるか悩んでいたんですね。そこで,多くのミステリーゲームを手掛けられたイシイさんにご協力をお願いすることにしました。
4Gamer:
CRIMESIGHTの第一印象はどうでしたか?
イシイ氏:
アナログゲームのエッセンスが,すごく強い作品だなと感じました。すでにプレイした人は分かると思うんですが,CRIMESIGHTのシステムって全部アナログで再現可能なんですよ。
そもそも,初期の検証段階ではリアルのボードとメモを使ってプレイしていて,それを少しずつデジタルに落とし込んでいったんですね。現場に入ったときも,まず「アナログ版でプレイしてみてほしい」と言われたのを覚えてます(笑)。
長田氏:
開発初期は,アナログゲームのトークンやボードで構成したゲームを使ってシステムの検証をしていったんです。イシイさんにはその段階から参加していただけていましたね。
4Gamer:
お話をうかがった感じ,イシイさんは世界観だけではなくゲームデザインにも関わっているようですね。
イシイ氏:
そうですね。長田さんや開発メンバーとはけっこうゲームデザインについて話しました。なので,用意されたゲームに乗せるためのものを担当したというよりは,一緒にゲームを作り上げていったという感覚が強いです。
とはいえ,ゲームデザインの基本的な部分で,僕が何かをしたというのはないんです。もともとのゲームが本当によくできていましたから。
4Gamer:
近代的なアナログゲームの仕組みが導入されていることは感じていましたが,そもそもアナログで検証をしていたというところが興味深いです。
ゲームデザインを考えるうえで,参考にされたアナログゲームはありますか?
長田氏:
参考にしたのは主に7〜8種類ほどで,いわゆる正体隠匿系のゲームが多いですね。
いくつか挙げるとすれば,まず古典ともいえる「クルード」があります。人狼系のゲームだと「汝は人狼なりや?」や「レジスタンス」などを参考にしていて,そのあたりの作品との類似点は,プレイヤーの皆さんの中で話題にされている方もいらっしゃいます。少々マニアックなところだと「惨劇RoopeR」からの影響もありますね。
もともとアナログゲームが好きなので,意識していないところでも影響されていて,ほかにもいろいろな作品の要素が入っているんじゃないかなあとは思います。アナログゲーム好きの人でしたら,CRIMESIGHTをプレイすればそのあたりにすぐ気付くんじゃないかなと(笑)。
4Gamer:
私も正体隠匿系のアナログゲームが好きなので,「これはおそらく……」みたいなものはたしかにありました(笑)。アナログゲーム好きなら共感できる仕組みがいろいろ入っていると思うのですが,そもそもなぜ“デジタル”でこういったゲームを作ろうと思ったのでしょう。
長田氏:
以前から,正体隠匿やブラフ要素のある“だまし合い”のゲームを作りたいという考えはありました。
一方で,そういったジャンルのゲームは会話を前提としているものが多く,グローバルな展開をするのが難しいことも理解していて。「では,会話なしで腹の探り合いができるシステムが構築できれば,言語の壁を越えて頭脳バトルを楽しめるゲームができるんじゃないか?」といったことを考えながら,CRIMESIGHTにつながる企画を立てていました。
4Gamer:
そこに,社内で新たなプロジェクトを立ち上げる時期が重なったと。
長田氏:
そうですね。そのほか,企画がが固まってきたときに,新型コロナウイルスの感染拡大が始まったことも,影響はありますね。
対面で遊ぶアナログゲームがプレイしにくい状況になり,人狼やマーダーミステリーをオンラインでプレイする方法はあったにせよ,遊びにくい環境になってしまいました。そういう状況で,こういったゲームのファンが,離れた場所にいても一緒に“だまし合いの楽しさ”を存分に感じられるような場所を作りたい。その思いがこの企画を進めるうえでの大きな動機づけとなりました。
4Gamer:
ジャンルの近い人気作として,「Amoung Us」や「Project Winter」といったオンラインマルチプレイの人狼系アクションゲームがありますが,CRIMESIGHTのプレイ感はそれらとはかなり異なります。それらとの違いは,どういった点にあると考えていますか?
イシイ氏:
やはり,もっとも大きな違いは“ターン制”ではないかと思います。
名前が挙がった2タイトルと,そのフォロワーと呼べるタイトルがたくさんありますが,それらは基本的にアクション要素があって,ターン性でじっくり考えて遊べるものというのはまだ少ないと思います。だからこそCRIMESIGHTのゲームデザインを見たときに,「これは新しいものが生み出せるのではないか?」と思いました。
長田氏:
アクション要素のあるゲームの場合,それは論理よりもプレイヤーアクションのスキルで差がついてしまう部分があります。もちろん,それによる面白さはあるわけですが,CRIMESIGHTはそもそも開発スタート時点で目指しているところが違ったんですよね。
しっかりとロジックを積み上げ,徐々に真相へと近付いていく体験を重視したゲームを目指していて,“論理”を中核とするゲームを作るなら,じっくり考えられる形式が良いだろうと。
4Gamer:
なるほど。そのあたりは,デジタル発のゲームではなく,やはりアナログゲームの精神を強く感じますね。
イシイ氏:
ミステリーの面白さの根源は,やはり論理を積み上げる部分にあって,「この条件が揃ったからAが犯人ではない」とか「この条件が揃ってるから,Bは犯行が可能である」とか,そういう情報を冷静に整理して解き明かす。小説であれば,物語を読み進めながらそれを読者が自分で考えるという。
そういう意味でCRIMESIGHTは,純粋なミステリーのゲームとも言えるんですよね。理詰めで問題を解き明かす要素があっても,時間やプレイヤースキルが制限を受ける要素になっていたら,そうはならなかった。なので,ターン性を選んだのは,このゲームにとって自然な形だと思います。
4Gamer:
こういった推理ゲームを制作する際,もっとも設計が難しいのはプレイヤーに与える情報の量ではないかと思います。このゲームをアナログでやるとなると,管理する情報の量はものすごいことになるんじゃないかなと。
長田氏:
はい。情報量については,かなりテストを重ねて現在のラインに収まりましたね。おっしゃるとおり,アナログでやろうとすると,とてつもないことになります(笑)。
4Gamer:
たくさんの情報の処理をAIがサポートするという形により,“ギリギリで頭の中に収まる絶妙なライン”に収まっている印象がありましたが,このあたりの調整は大変だったのではないでしょうか。
長田氏:
そうですね。まず,目標を30分以内に(1ゲーム)終わらせるところに設定したのですが,ゲーム性を維持しつつこれを実現するのが本当に難しかったです。
情報量を減らせばゲームも早く終わるのですが,あまりスッキリさせ過ぎると今度は“段階的に情報が絞り込まれていき,真実に近づいていく感覚”という,推理ゲームにとって極めて重要な部分が失われてしまいます。
これを解決したのが,登場人物を6人にしたことなんですが……これは理屈よりも肌感覚に近いものがあるので,ちょっと説明が難しい部分ですね。
4Gamer:
私もこういうゲームを好んで遊ぶのでわかりますが,CRIMESIGHTをプレイしてみて「このシステムでもし登場人物が5人だったら,ゲームが佳境に入る前に情報が出揃ってしまうな」「逆に7人を超えると,情報量が増えすぎて頭の中で管理できなくなりそう」とは感じていました。
長田氏:
まさにそれで,これ以上人数を少なくするとゲームにならず,逆に多いと考えることが増えすぎてしまうのです。テストでは7人版と8人版も作ってみたのですが,想定可能な組み合わせが増えすぎて,そもそも考えることがつらくなってしまって。ギリギリ集中力を保てるのは6人が限界かと。
4Gamer:
ほかに,現在の形に至るまでに苦労したところはありますか?
長田氏:
殺害イベントの発生条件をもう少し増やそうという案も出ていたのですが,これも思考の限界を考慮して3個にとどめました。
「凶器を持っている」「目撃者がいない」「同じ場所にいる」。これ以上条件を増やすと,直感的に対応することが難しくなるんです。かといって,条件を2つ以下にすると今度は理不尽に決着がついてしまうと。
4Gamer:
シンプルにするにも,それはそれで一苦労ですよね。ルールを簡素化しすぎると,“抜け道”が生まれやすくなってしまうでしょうし。
長田氏:
そのあたりはゲームバランス調整の難しい部分でした。“悪い最適解”が生まれてしまわないよう,かなり注意してルールを構築したつもりではあります。
4Gamer:
こういったゲームに慣れている人ほど,抜け道をすぐに見つけるものですが,プレイして「これをやっておけば勝てるのでは?」と思って試した抜け道がしっかり封じられていて(笑)。
長田氏:
ありがとうございます。まさに空腹がそれにあたりますが,プレイヤーの行動を制限する要素の選定は慎重に進めました。一定の制限がないと対戦は成立しない一方で,やり過ぎるとプレイが楽しくなくなるので,どこまで,どのような形で入れるかは本当に悩みましたね。
4Gamer:
遊びやすさとアナログゲームのコアな部分の楽しさ,その両方がバランスよく出ている作品という印象がありますが,このあたりの調整ってどうだったのでしょうか。長田さんはかなりアナログゲームのコアな部分を知っている方という印象を受けたんですが,一方でカジュアルに寄せようという考えを持つ人もいたと思います。
長田氏:
たしかにそれは大変でした。“尖った部分”を保ちながら,多くの人が楽しめる遊びやすさは持たせなければならないので,開発スタッフだけではなく社内でのリサーチも参考に調整を進めましたが,たくさんの人数と意見がある分,それがなかなか……。
イシイ氏:
初期段階から大切にしていた“尖った部分”が丸くなってしまいそうな瞬間はありましたし,そういった部分をどうやって残していくかは何度も議論を重ねましたね(笑)。
多くの意見を取り入れることで,遊びやすくてよい形が生まれたところはもちろんあるんですが,周りの声をそのまま受け入れているだけだったら,おそらくここまでの仕上がりにはならなかったのではないかなと。
そのあたりは本当に長田さんと開発スタッフの皆さんが皆さんが頑張って,当初目指していたことをしっかり残しながら現在の形を作り上げられているなと思いました。
長田氏:
ありがとうございます。イシイさんには,本来の世界観設定だけではなく,ゲームデザインの話し合いやテストプレイに参加していただいたり,“どんな形を目指すか”といった議論に夜中まで付き合っていただいたりして,本当に感謝しかありません。
イシイ氏:
いえいえ,純粋に楽しかったんです(笑)。こんな尖ったゲームが,KONAMIさんという歴史あるメーカーから,現在形で出るという事実それ自体が,驚くべきことだなと。だからこそ,僕もこのプロジェクトに可能性を感じましたし,それに携わることができたのは嬉しかったですよ。
CRIMESIGHTから感じられる“ミステリーゲームの新たな可能性”
4Gamer:
ここからはゲームシステムと世界観について,より詳しく話を聞きたいと思います。
本作ではテキストチャットがなく,意思表示は基本的に表情アイコンのみで行う形式になっていますよね。かなり思い切った仕様ですが,この形式を採用した意図をあらためてうかがいたいと思います。
長田氏:
まず,“会話ができるのは良いことばかりではない”という前提がありました。というのも,多人数で遊ぶ推理ゲームやブラフゲームでは,上達したプレイヤーが初心者にすべての行動を指示するということが発生し,そのゲーム自体の楽しみ方が限定されてしまうことがあるんです。
4Gamer:
ああ……特定のプレイヤーによって遊び方が定められてしまうような。協力型のゲームで話題に挙がる,いわゆる“奉行問題”ですね。
長田氏:
ええ。なので「プレイヤーそれぞれが自らの考えを正確に伝える必要のない,簡単な意思表示のみで進められるゲーム」というコンセプトでゲームを制作することにしたんです。意思表示を,ほかのプレイヤーに指示するものにさせない程度のものに。「自分はこうしたい」という意思のみを伝えるものがあればいいと考えました。
イシイ氏:
この情報処理の部分を“絶対的なAI”というポジションを担っているゲーム側で行ってくれるため,プレイヤーがそれぞれの推理や読み合いの部分に集中できるという点も,そういったプレイヤーの経験の優劣という関係性が発生しにくい,良い仕組みになっていると思います。
長田氏:
SherlockやMoriartyも,プレイヤーに対して直接的な指示は出さず,あくまで絞り込んだで整理された情報と,そこから考えられる“可能性”を提供するだけです。
プレイヤーはその情報で自分自身の推理が楽しめて,アウトプットは「どの可能性を採択したか」くらい。そしてそれは,あくまでも“可能性”に過ぎないので,間違っていてもかまわないわけです。
4Gamer:
どこまで深く思考して推理を楽しむかはプレイヤー次第だけど,アウトプットの方法はシンプル。コアなプレイヤーからこういったゲームをあまり遊ばない人まで,それぞれ楽しめる仕組みですね。
操作自体も,基本的には位置を指定して歩くだけというシンプルなものですよね。やはりこれも,推理の部分に集中できるようにという設計からでしょうか?
長田氏:
はい。こういったゲームをあまり遊んだことがない人でも,可能なかぎり直感的に推理を楽しめるよう考えて設計しました。読み合い自体は複雑で奥の深いものであっても,それを楽しむための方法はシンプルにしたいと。
4Gamer:
シンプルという意味では,キャラクター(Pawn)は見た目が違えど能力差は一切ないですね。これも思い切った設計だと思いました。
長田氏:
キャラクター固有の能力みたいなものはアイデアとしてはありましたが,最終的には採用しませんでした。やはりこれも,ゲームが複雑になり過ぎるんですね。それによって推理自体の面白さに集中できなくなっては,本来楽しんでほしい部分がぼやけてしまいますから。
4Gamer:
初心者にとっての入りやすさみたいなところだと,シングルプレイのチュートリアルの充実ぶりがありますね。段階的にゲームの要素を覚えられる,親切な設計になっていました。
長田氏:
クローズドβを行ったときは未搭載だったのですが,「練習できるモードがほしい」という意見がたくさんあったんです。昔からこういったゲームをプレイしていた者としては,「対戦ゲームは何度も負けて覚えるものだ」という考えがあったんですが,それはそれでやっぱり辛いですよね(笑)。
4Gamer:
そのあたりはどちらも分かる気がします。“負けて学んでいってこそのゲーム”と分かっていても,負けてばかりじゃ悔しいから,ある程度は勝負できるようになってから挑みたいというか(笑)。
長田氏:
はい。それで7段階のチュートリアルと,各マップの特徴をつかめるソロプレイ要素を用意しました。事前にしっかり予習してから遊ぶもよし,ほどよいところまで覚えて実戦に挑むもよしで,もちろん実戦に挑んでこそというスタイルで“負けて覚える”でもいいと。
それでいうと,トレーニングモードの1戦目は,構成要素はシンプルですが恐らく“一番負けられる”と思います。なにせ,私自身も最初は負けましたし(笑)。
4Gamer:
このゲームの基本から作った当人がですか!
長田氏:
ええ(笑)。ただその分,それさえ乗り越えることができれば,ゲームの最も根幹の部分を掴めたと言えるようなものとなっているので。ゲームを始めてすぐのときは,まずソロモードでの負けを経験するといいかもしれません。
イシイ氏:
僕はこのソロモードにCRIMESIGHTの新たな可能性があるのではないかと考えています。“ミステリーゲームの新しい形”を作り上げてくれるのではないかと。
4Gamer:
先ほども話が出ましたが,“ミステリー作品”としての可能性ということでしょうか。
イシイ氏:
はい。まず,犯人が殺人の条件を揃えていき,探偵はそれを見破るため推理するという構図は,一般的なミステリーの“型”です。その型が根底にあるゲームシステムでありながら,ターン性というシステムの採用によってじっくり自分で考える時間を作れる。この基本の部分って,マルチでありながらシングルプレイのゲームをプレイしている感覚なんですよね。
4Gamer:
たしかにこのシステムのまま,CPU相手にプレイする1人用のモードがあっても面白そうですね。もちろん技術的なところで難しいとは思いますが。
イシイ氏:
ええ。システム的な部分にはまだ解決しなければならないものがありますし,今後CRIMESIGHTがどれだけ大きく展開していけるかにもよると思いますが,そういった“可能性”を感じられるところも,CRIMESIGHTの魅力かなと。
4Gamer:
イシイさんの本来の仕事……と言うと変な表現ですが,世界観について聞かせてください。2075年という未来で,シャーロック・ホームズとジェームズ・モリアーティと名付けられたAIという設定はどのように作られていったのでしょう。
イシイ氏:
そのシミュレーションの世界には,犯人側と探偵側それぞれの思考をするAIがいる。では,そのAIは何と呼ばれるのがいいのだろう。それを考えて思い付いたのが,シャーロック・ホームズとジェームズ・モリアーティでした。天才的な探偵と犯罪者と聞いて多くの人がイメージするのは,やはりミステリーの王道であり,多くのモチーフに使われているこの二人だなと。
長田氏:
モック(試作品)を作ってイシイさんにお見せした当初は「雪山で遭難した男女の中に殺人鬼がいて……」という,ミステリーの定番みたいな設定しかありませんでした。そこに明確な対立構造を持たせようということで,ご提案いただいたのがシャーロックやモリアーティだったんです。
4Gamer:
たしかにシャーロックとモリアーティは絶対的なものがありますね。ゲームシステム同様,“入りやすさ”も意識されているのだなと。
長田氏:
はい。はい。そのほか,ミステリー作品としてのコアな部分でも,ゲームのシステムとすごくマッチしていたところも大きいです。
原作の小説におけるシャーロックって,正しくはconsulting detective,日本語だと“諮問(しもん)探偵”と表記されますが,つまり探偵に助言する立場であるわけです。それが,プレイヤーに情報を提案し選択を託すというAIの役割に合致したのではないでしょうか。
イシイ氏:
ほかにも“SF作品としてのロマン”みたいなところもあるんですよ。
SFの定番といえるものに,“未来の人たちが,古典から引用してメカニズムやシステムの名前を付ける”というのがあるじゃないですか。僕自身,そういったものが好きなのですが,未来人が“犯罪を推理し抑制するAI”を作ったとき引用する名前って,やはりシャーロック・ホームズなんじゃないかなと思ったんですね。そうなると,その対となる犯罪AIがあるのであれば,それはきっとジェームズ・モリアーティと名付けられるだろう……といったように,楽しくこの設定を考えていきました。
4Gamer:
設定の話で言うと,Pawnにキャラクター性があるところが気になりました。固有の能力がないため外観の違いは必要ではなく,実際こういったゲームにネームドキャラクターはあまり用いられませんが,なぜあえてそれを設定されたのでしょう。
イシイ氏:
僕も基本的には,こういったゲームの場合は,自分自身や“駒”になるキャラクターは無個性であるべきだと思っているんですが,今回はちょっと事情が違ってたんです。
CRIMESIGHTはプレイヤーが自分自身としてゲームに参加するのではなく,シミュレートされた空間上の人物になりきるという設定があります。なので,ある程度の外観やキャラクターのイメージがあった方が,プレイヤーもゲームの世界に没入しやすいはずだと。世界観の説得力を増すものになりますし,それが自然な形で行えるので,これは設定すべきだと考えたんです。
1対1でも複数人対戦でも楽しめる,上質で新しいミステリー体験
4Gamer:
クローズドβテストや先行体験会など,リリース前からプレイヤーが体験できる機会が設けられていました。インタビュー時点(2022年3月23日)ではまだ先行体験会が行われていないので,クローズドβの話になりますが,それらに対するプレイヤーの反応はいかがでしょう。
長田氏:
とても良い感想をいただけました。アンケートには複数の質問がありましたが,いずれもポジティブな回答が多く,「ここまでのものはなかなか珍しい」という驚きの声が挙がるほどでした。
4Gamer:
とくに評判が良かったのはどの部分でしょう。
長田氏:
正直な話,完全新規のIPかつとてもニッチなジャンルというところで,「これ,面白いと思ってるのは自分だけじゃないのか?」「こんな小難しいゲームが受け入れられるのか?」と,とても不安だったんです。
それを受け入れてもらえたのがまず嬉しかったですし,イシイさんを始めとしたクリエイターの方々や開発スタッフのみんなが手掛けた世界観やキャラクターアート,サウンドも好評で,本当にありがたい限りです。
4Gamer:
ゲームは2人プレイの“1対1”と3人以上の“1対多”があり,ゲーム性もがらりと変わりますよね。βテストではどちらのスタイルが人気でしたか?
長田氏:
回答数で言うと1対多の方が多かったんですが,これは単純にどっちが人気とか,どっちが面白いかという結果ではないと考えています。ノイズを排除してガチの推理バトルをしたい人は1対1を,推理をしながら会話やブラフをかけ合う要素をパーティーゲーム的に楽しみたい人は1対多といった感じで,プレイヤーの求めるものによって異なるという印象ですね。
4Gamer:
なるほど。最近は後者の楽しみ方がポピュラーな気もしますので,1対多の方が多いというのも分かる気がします。
長田氏:
ええ。古くからこういったゲームが好きな人間としては,前者だろうというイメージがあったのですが(笑)。
イシイ氏:
最近のプレイヤーの皆さんは,“ノイズの楽しみ方”がすごく上手になっていると思います。昔からのコアなプレイヤーからすると,ノイズを極力減らしてじっくりと論理を構築して頭脳バトルを行う1対1を重視しがちなんですが,“そのノイズをどう楽しむか”というところを本当に皆さんよく考えて1対多を遊んでいますよね。
4Gamer:
拡張性についてもお聞きしたいです。正式リリース時には第3勢力の「Irene」(アイリーン)が登場しますが,かなり突き詰めた論理のバトルを楽しめる作品だけに,ゲームバランスを保つうえでも新要素を追加するのは大変ではないかと感じます。
長田氏:
拡張性にやや難があるのは,本作の課題の一つだと認識しています。おっしゃるとおり,ゲームバランスを考えると,ゲーム自体に新要素を加えるのは本当に大変で,相当慎重にならなければならない点ですね。実際,Ireneを追加するときもかなりシステムを練ってテストを重ねましたから。
アイデアとしてあるのは,落とし穴や施錠できる扉といったギミックの追加でしょうか。根幹のシステムには触れない形で,推理に新たな影響を与えるものが導入できるだろうとは考えています。
イシイ氏:
ボードゲームの拡張セットのようなイメージはありますね。とはいえボードゲームの拡張セット自体,作るのが難しいものなので,そういう意味だとアナログのボードゲームと同じ拡張性の弱点を抱えているとも言えますが(笑)。
4Gamer:
あと考えられるところだと,キャラクターの外見やゲームスキンといったところでしょうか。
長田氏:
コラボでPawnをゲームやアニメのキャラクターに変えられると面白いとは思うのですが,Pawnに固有の能力はないので,外見のみが変わるだけでそのキャラ自体の特徴を活かせないという部分はありますね。
4Gamer:
この世界と親和性の高いキャラクターがコラボで登場すると,それはそれで嬉しいとは思いますが,たしかに能力的な違いが出せない分,興味を持つ人は限られてしまうかもしれません。
長田氏:
拡張性とはちょっと話が違いますが,オリジナルサウンドトラックとスタンプの柄を変更できるスキンセットが付属したバージョンが販売されているので,まずそれは楽しんでほしいですね。
4Gamer:
設計上難しい部分は多いかと思いますが,ゲームモードを増やすといった構想はありますか?
長田氏:
まだ実際にできるか分からないですが,プレイヤーにつくAIをもう1人加えたルールは考えています。これは今後のCRIMESIGHTの展開次第ですし,まずは現状のものをしっかり作り上げることが何より重要ですが,実現できればいいですね。
4Gamer:
世界観設定を見ていて,かなり想像の余地があると思っています。アニメや小説といった作品展開への“拡張性”はイメージしやすいのですが,そういったメディアミックスやデジタルゲーム以外の展開はどのように考えていますか?
イシイ氏:
別展開なら,やはりまずはアナログのボードゲームとして出したいですよね。AIが担っている部分のゲーム進行や取り扱う情報量をどう調整するかがありますが,もともとアナログをベースに作っているわけですから,ボードゲームで実際にコマやカードを使って遊んでみたいですよね。
4Gamer:
それは思いました。デジタルのCRIMESIGHTとはまた違った楽しさがあると思いますし,アナログゲームならではの展開もありそうだなと。
イシイ氏:
好き勝手言ってしまいましたが,CRIMESIGHTはそれくらいの“器”がある作品だと感じています。
長田氏:
それはたしかに面白いですね。まずは多くの人たちにプレイしていただき,そういったさまざまな作品展開を期待してもらえるような規模のゲームに成長させたいと思います。
4Gamer:
最後に読者にメッセージをお願いします。
イシイ氏:
ボードゲームとしての楽しさがしっかり設計できている作品だと思います。複数人でもミステリーのロジックを楽しめる,ソロプレイ的な喜びが味わえる作品なので,普段はこういったマルチプレイのゲームをしない人にも興味を持ってほしいですね。上質で新しいミステリーゲームを求めている人は,ぜひCRIMESIGHTに挑戦してください。
長田氏:
ロジックで詰めるゲームであり,同時にブラフを楽しめるゲームでもあります。そして,その両面があることで毎回異なる展開が生まれ,自動生成的に発生する出来事を味わえるのではないかなと。対戦ゲームではありますが,勝ち負けといったことのみに重きを置かず,1プレイごとに巻き起こる出来事をぜひ楽しんでほしいと思います。
4Gamer:
新たなミステリーゲームの今後の展開に期待したいと思います。本日はありがとうございました!
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