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  • Team Cherry
  • 発売日:2017/02/25
  • 価格:1480円(税込)/ パッケージ版:4000円+税
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ゲーム翻訳最前線:第4回は伊東 龍さんと「ホロウナイト」。「固有名詞を無理に日本語化するとダサくなる」現象と,開発側との対話の重要性
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印刷2024/03/25 08:00

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ゲーム翻訳最前線:第4回は伊東 龍さんと「ホロウナイト」。「固有名詞を無理に日本語化するとダサくなる」現象と,開発側との対話の重要性

 あなたが普段何気なく日本語で遊んでいる,海外で制作されたゲーム。その裏側には,翻訳者たちの大いなる迷いと決断があった――。
 本連載「ゲーム翻訳最前線」は,海外ゲームの日本語化を担うさまざまなゲーム翻訳者の皆さんにご登場いただき,ローカライズに頭を悩ませたフレーズについて,訳決定までの思考回路を解説してもらう企画だ。プレイヤーの皆さんも翻訳者になったつもりで,「このシーンはどう日本語にするのがいいだろう?」と考えてみてほしい。最後には記事中に登場した重要単語をまとめるコーナーもあるので,ついでに英語学習もしてみよう。

 第4回を担当するのは,「Salt and Sanctuary」「The Cosmic Wheel Sisterhood」で知られる伊東 龍さんだ。人気2Dアクション「ホロウナイト」を題材に,ゲーム翻訳者が開発側とどのように対話を重ねているのか,翻訳の過程について寄稿していただいた。

 4Gamerをお読みの皆様,はじめまして。翻訳者の伊東 龍と申します。普段は海外のゲームを日本語に翻訳して,日本のユーザーの皆様にお届けする「ローカライズ」を専門に仕事をしております。

 今回4Gamerさんから翻訳にまつわる記事のご依頼をいただいたので,どの作品を取り上げたら良いだろうかと考えました。翻訳している最中はいろいろと頭を捻り,「おお,これはうまく訳せたな」「いや〜これ訳すの難しいわ〜」なんて思う瞬間がちょいちょいあるものですが,終わってしまうとわりと忘れてしまって思い出せないもの……なのでしばし思考を巡らせましたが,ふとそうだ,「ホロウナイト(Hollow Knight)」PC / Mac / Nintendo Switch / PS4 / Xbox One)の翻訳において発生したネーミング問題なんかはそれなりに面白いんじゃないかと思いつきました。

 というわけで,本記事では僕が2017年に日本語に翻訳した,ホロウナイトというインディーゲームにまつわる話をさせていただこうと思います。

<「ホロウナイト」とはどんな作品か>
いわゆるメトロイドヴァニアと言われる探索型の2Dアクションゲーム。大きな特徴として,登場するキャラクターがすべて虫(作中では「ムシ」と表記)であることが挙げられる。

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「日本語にしてほしい」という要望


 このホロウナイトを翻訳するにあたり,開発側から伝えられた要望がありました。それは

「すべて日本語にしてほしい」

ということでした。翻訳なんだから日本語にするのは当たり前では? と思われるかもしれませんが,要するに,キャラクター名や地名などの固有名詞にカタカナを使わず純粋な日本語の言葉に置き換えて欲しい,という要望でした。

 仮にCrystal Cityという街があるとすれば,「クリスタルシティ」と訳すのではなく「水晶の街」にする。英語の単語をそのままカタカナに置き換える手法は基本ナシで頼むよ!ということです。

 その理由として開発側が仰っていたのは,「このホロウナイトの世界はいわゆる西洋(欧米)ではない。だから英語のまま残さなければならないものはない。ゆえに日本語の言葉ですべて表現できるはずだ」,ということでした。

英単語はすべて日本語に置換できる?


 しかしこれはそんなに簡単なことではありません。実は海外の方が時折する誤解として,「英単語はすべて日本語に置換できるはず」というものがあります。実際中国語なんかでは割とそれがあてはまって,大概の英単語は中国語に置き換えられることが普通です。

 一方現代の日本語では多くの英単語がいわば日本語の一部として組み込まれています。日常生活で言えばコーヒー,コンビニエンスストア,レストラン,タクシー,バス,マイナンバーなど,例を挙げればきりがありません。また紛れもない日本産ゲームの代表格である「スーパーマリオ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」といった作品も,タイトルはすべて英語です。ゲームのタイトルなどはおそらく数えれば英語(またはそれをカタカナ化したもの)のほうが多いでしょう。

 英語が混在していてもまったく違和感がない,というかそのことを意識すらしていないのが一般的な日本語話者の感覚なのではないかと思います。


意味は正しくても「ダサい」と感じる日本語の不思議


 ちなみに中国語ではスーパーマリオは「超級瑪利歐兄弟」,ドラゴンクエストは「勇者鬥惡龍」,ファイナルファンタジーは「最终幻想」,となり,しっかり自国の言葉に変換されています。

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 なぜ中国語ではそれができて,日本語話者は「最終幻想」はダサい,「ファイナルファンタジー」のほうがカッコイイと思うのでしょう? 

 これは翻訳という仕事をしているとしばしば突き当たって考えることで,ときにはなんでも自国の言葉に置換できてしまう中国語が羨ましく思えることもあります。そしてそのたびに,日本語の独自性をしみじみと実感するのです。

 またこの日本語話者が感じるなにがダサくてなにがカッコイイか,というのは多分に感覚的なもので,日本語ですら説明が難しいその差異を,海外の開発者に説明して理解してもらうのは容易なことではありません。

 なので「この英語はこの日本語に変えられるでしょ→いや,そうなんだけどそれだとダサいんだよ!(理由は俺も説明できないけど)→でもそれが日本語でしょ?」といった,前提を共有できないやり取りが続く事態にもなる場合もあるのです。

安易なカタカナ化は好きではないが…


 僕自身は安易なカタカナ化は好きではなく,どちらかというと可能な限り日本語の言葉に置き換えたいと感じるタイプです。ただそれはあくまで「日本語にすることで翻訳が良くなるという勝算が見えている」ことが前提であって,なんでもかんでも日本語の言葉にすれば良いというものでもないと思います。

 それが「信長の野望」「風来のシレン」のようなゲームならば,オール日本語でも基本問題ないでしょうし,むしろ信長の野望で「ファイヤーソード」なんてネーミングのアイテムを出されたらおいおい世界観は,と言いたくなるはずです。しかしホロウナイトの舞台は西洋ではないとはいっても,日本でもアジアでもない。どちらかといえば建造物や装飾などから西洋の香りを感じる架空のファンタジー世界です。

「空洞の騎士」は是か非か


 たとえば「すべて日本語化する」という方針を貫いた場合,Hollow Knightは「空洞の騎士」となり,準主役として登場する Hornet というキャラクターは「スズメバチ」になっていたでしょう。

“期待のメトロイドヴァニア2Dアクション「空洞の騎士」,近日発売!”

“「空洞の騎士」のキャラクター「スズメバチ」が活躍する続編,「絹の歌」現在開発中!”


 どうでしょうか? 「翻訳」としてはなんら間違っていないのに,「いや,それはちょっと…」と言いたくなるような違和感があるのはなぜでしょう。日本語の不思議というやつです。

 僕はこうした和名タイトルが絶対ダメだとは思いませんし,こういうときにいかにカッコイイ和名を捻り出すかが翻訳者の腕の見せ所だとも思います。が,総合的に判断して本作のタイトルは「ホロウナイト(Hollow Knight)」であるべきだろう,と思いました。

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(中国語版のタイトル画面)

 そのため僕は「すべてを日本語にはできない(=カタカナも使う)」ということを,開発側に伝える必要があったのです。

(ここで開発側に理解をいただくために上記した「ファイナルファンタジー」や「信長の野望」を例に出しての長い長〜い説明のプロセスがあったのですが,その過程は割愛します。要約すると散々説明して,最終的には「なるべく日本語に置き換えつつも,適宜カタカナ化もOK」という了承を得ることとなりました)

というわけで,ようやく具体的な翻訳の話に移りましょう。

Elderbug をどう訳すか


 たとえばゲームで最初に出会うNPCとして“Elderbug”というキャラクターがいます。

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 主人公に世界の状況を簡単に説明してくれるムシなのですが,僕は最初これを「エルダーバグ」と訳していました。キャラクターの名前としてはおそらく違和感はないし,とりあえずまあ,ありそうなキャラクター名として落ち着く感じではあります。

 でも開発側の希望としては,Elderbugは老いた(Elder)虫(bug)だから意味がある。ちゃんと日本語に置き換えてほしいということだったんですね。たとえばこのほかにCornifer(コーニファー)というキャラクターがいるのですが,こちらは言葉自体に意味はないからそのままカタカナ音読みでもいい。でも名前に意味があるキャラクターはそのまま日本語にしてほしいと。

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 結果的にElderbugは「老いたムシ」と訳すことになりました。まあそのままですね。そしてこれは開発側も言っていたのですが,これは厳密にいうと名前じゃないんです。Elderbugというのはかれの名前ではなくて,ただこれがどんなムシかを形容する言葉であると。

 また,Elderbugは厳密には英語には存在しない言葉で,普通に英語で書くならOld Bugとか,Elderly Bugとかになる気がするのですが,つなげてひとつの単語にすることで,じゃっかんの固有名詞っぽさも出している。しかしながら日本語でエルダーバグと訳してしまうと,必要以上に固有の名前のように聴こえてしまっていたのは確かでしょう。なのでここにおいては「老いたムシ」とするのが正解だったかなと思います。

個性豊かなムシたちを日本語で表現


 Elderbugなどはまだわかりやすく日本語化できる名前だったので問題なかったのですが,頭を悩ませたのは主人公が戦うムシたちの名前の翻訳です。

 以下はホロウナイトに登場するムシたちの名前の一部です。皆さんだったらどう翻訳されるでしょうか? もしこれらの名前をそのままカタカナ読みにするのは禁止だと言われたら? 

 もしよろしければ自分が翻訳担当者になったと想定して,考えてみてください。あ,あとカタカナ自体を使うのがダメというわけではありません。たとえばこれまで登場した「ムシ」のように,カタカナ表記でもその言葉自体が日本語として意味を持っている,あるいは日本語としての意味を連想できるものならオーケーです。

Shrumeling

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Shrumal Ogre

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Shrumal Warrior

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 まずShrumelとかShrumalってなんだ?と思った方もいるかもしれません。これも厳密には英単語ではなく,本作における造語です。語源は画像からも想像できるかもしれませんが,Mushroomです。たとえShrumalという言葉は存在しなくても,英語圏の人であれば音の響きから「ああマッシュルームのなんちゃらなんだな」と,その実体を連想できるようになっているわけです。

 なので日本語でもそのプロセスを再現したいと,このような翻訳になりました。

(Shrumeling)

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キノキン

(Shrumal Ogre)

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デカキノキン

(Shrumal Warrior)

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キノキン戦士

 英語はMushroomを変形させることで,その語源を連想させています。Mushroomは日本語では「キノコ」。なので,翻訳ではキノコという言葉を変形させることでその語源が連想できるようにしました。なんとなくキャラクター名っぽいかなとも思いまして。

 では次です。これも主人公が戦うムシたちの名前で,いわゆる「Moss」シリーズです。

Mossfly

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Mosscreep

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Moss Charger

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Massive Moss Charger

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 ここでまず僕が思ったのは,すべての名前にMossが使われているので,この訳語は統一したい。そしてネーミングのフォーマットをある程度合わせることで,これらが同系統のムシのバリエーションであることを,名前からちゃんと連想できるようにしたい,ということでした。

 最初の2つはこう翻訳しました。

(Mossfly)

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コケバエ

(Mosscreep)

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コケズリ

 Mossflyはまあ,そのままですね。Mosscreepに関してはcreepに「這う,忍び寄る」という意味があり,実際このキャラクターも地面をズリズリと這うような動きをするので,そのイメージから「コケズリ」としました。語感がちょっと虫の名前っぽいと思ったのも理由のひとつです。

 一方で難しかったのがMoss ChargerMassive Moss Chargerです。

 Massive Moss Chargerは,そのまま訳すなら「大きな苔の突進者」,あるいは「巨大なるコケの突撃者」といった感じでしょうか。でもなんだか名前っぽくはありませんね。どちらかというと説明文のような感じがします。また「コケバエ,コケズリ」ときて次が「コケの突撃者」「巨大なるコケの突撃者」では,ネーミングに統一感がありません。

*余談ですが英語ではこういう「対象を形容する言葉がそのまま名前として使われる」というケースが結構あります。特にファンタジーを題材にした作品で多く見られ,現実世界でもネイティブアメリカンの文化などに象徴的に見られます。
映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ」では,ある女性が「Stands with a Fist(拳を握り立つ女)」なんて呼ばれたりしますが,こういうことは日本語ではほとんどありません。なのでそのまま訳すとキャラクター名としてはしっくりこなかったり,翻訳した感が強くなってしまう難しいポイントだったりします。

 「カタカナ読みできたらラクなのにな」と思うのはこんなときです。

モス・フライ
モス・クリープ
モス・チャージャー
マッシブ・モス・チャージャー

 とすれば,なんとなくそれっぽくはなります。敵の名前としてまあ違和感ないし,ひとまず文句は言われないだろう,くらいの。すべてに「モス」が入っているので,同系列であることも示唆できています。実際こうした方針で敵の名前が訳されているゲームのほうが多いでしょう。なので僕も当初は,敵の名前に関してはカタカナ化もやむを得ないかもしれない,と考えていたのは事実です。

カタカナ化のメリットとデメリット


 ただ「マッシブ・モス・チャージャー」は響きとしては恰好がつくけれど,キャラクターのイメージとしてはどこか漠然としてしまいます。英語圏の人は Massive Moss Charger と聞くと,それだけで浮かんでくるイメージがあるわけですが,そういう「言葉がダイレクトにイメージを喚起させる感覚」は,ローカライズ版では弱まってしまう。これがカタカナ化のデメリットだと思います。

・カタカナ化は恰好がつきやすい一方でイメージ伝達力は弱くなる。
・日本語化はイメージがダイレクトに伝わる一方でダサくなる危険性があり,言葉選びにセンスが問われる。

 多くのゲーム翻訳者がこのせめぎ合いの中で,都度最適な道を模索しているのだと思います。

 ちなみに今回この言葉をDeepL翻訳にかけてみたところ,出てきた翻訳候補は

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マッシブ・モス・チャージャー
マッシヴ・モス・チャージャー
モスの大型チャージャー
マッシブ・コケ・チャージャー

でした。モスの大型チャージャーってなんだ……?
 日本語への移し替えという面では,DeepLもなかなか良いものがひねり出せずに苦心しているように見えます。

開発側からの提案


 こうしたムシたちの名前を翻訳していた頃,僕は「カタカナ化をせずにこれらを日本語にするのであれば,ある程度解釈に自由を持たせてもらいたい。このまま日本語にすることは不可能ではないけれど,あまり良いものにはならないだろう」という話をしました。

 すると開発側もこの頃までにはこちらの意図を大分理解してくれるようになっていたこともあり,逆にこのような提案がなされました。

「原文にこだわらなくていいから,このような生き物を見たときに日本語だったらどんな言葉で表現するか,というスタンスで訳してほしい」

 つまり開発者が最初にこのムシのビジュアルや特性を見て Massive Moss Charger という呼称を思いついたように,このムシを見たときに日本語話者だったらどんな名前をつけると思う?と問うてきた,というわけです。

 それなら,ということで「Massive」も「Charger」も一旦忘れ,このムシのビジュアルや動きを観察し,仮に自分が昆虫学者だったらどんな名前をつけるだろう,と想像しました。

 そして最終的に以下のような訳となりました。

(Moss Charger)

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コケグマ

(Massive Moss Charger)

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ダイコケグマ

 自分が森を歩いていてこの巨大な生物に遭遇したら……まるでクマのようだと思うかもしれない……ならば「コケグマ」,そしてデカいやつは「ダイコケグマ」だ,というわけです。生物の名前として実際にありえそう,と思えたのもポイントになりました(今これを書いていて「コケバシリ」「ダイコケバシリ」なんてのもよかったかなと思いました)。

 ここまでくるともはや翻訳ではないのでは?と感じられるかもしれません。確かにこれはややイレギュラーなケースで,クライアントによっては「いや,とにかく英文から離れず忠実に訳してほしい」と言われるケースもありますし,その場合はもちろん,その方針のもとに最善を尽くすしかありません。

 ただ翻訳の対象を日本語として自然な形に置き換えてユーザーにお届けするという意味では,今回のように開発側と答えをすり合わせていくプロセスもまた,ゲーム翻訳の一部なのだろうと思います。もちろんその匙加減はクライアントによって異なりますから,その変更が大きなものとなるほど,開発側との意思疎通やコミュニケーションが重要になってきます。

お互いが良いものを目指すからこそ


 「ホロウナイト」を開発したTeam Cherryの方々は作品をとても大事にしていて,日本語版をできる限り良いものにしたいと願っていました。その気持ちは翻訳する側も同じで,ときにはお互いが良いものにしたいと願うがゆえに(本記事で述べたような日本語に関する認識の差異等から)衝突が生まれることもあります。またそれを乗り越えるからこそ生まれる信頼も。

 結果的に開発側は「ホロウナイト」の日本語訳をとても気に入ってくれ,感謝の言葉をいただきました。これはこちらの意見に耳を傾け,品質向上のために当初の方針の転換も辞さなかった開発側の懐深さあってのことです。プレイヤーから「ホロウナイト」のムシの和訳が良かったという声も頂きましたが,開発側の日本語化へのこだわりがなければ僕も早い段階でカタカナ化で妥協してしまい,そのような感想は頂けなかったかもしれません。僕としても苦労はありましたが,学ぶところも多い仕事となりました。

*またこうした意思疎通のプロセスにおいて間に入っていろいろ助けてくれたのが,本作のパブリッシングサポートを担当された「架け橋ゲームズ」さんです。架け橋さんがいなければ成し得なかったローカライズであることも,ここで感謝と共にお伝えさせていただきます。その節は本当にお世話になりました。

 ローカライズとは,プロジェクトごとに異なる最適解を,開発,翻訳会社,翻訳者が一丸となって探していくものなのだと思います。今回取り上げた「ホロウナイト」は通常の翻訳作業とはやや毛色が異なる部分もありましたが,これもゲームローカライズにおける一例として知っていただければと思い,取り上げてみました。

【今回の覚えておきたい英単語】
creep(這う,忍び寄る)
elder(老いた)

「Hollow Knight」公式サイト

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