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研究者のゲーム事情:第4回は渡辺龍馬さんと「UNDERTALE」。業績主義に追われる歴史研究者が,RPGに対して抱く葛藤とは?
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印刷2024/07/03 08:00

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研究者のゲーム事情:第4回は渡辺龍馬さんと「UNDERTALE」。業績主義に追われる歴史研究者が,RPGに対して抱く葛藤とは?

 普段は論文や講義で活躍している研究者たちは,プライベートではどんなゲームに,どのように触れているのだろうか? 本連載「研究者のゲーム事情」は,研究者が個人的に遊んでいるゲームについて,専門的な知見も交えて自由に語ってもらう企画である。

 第4回となる今回は,歴史学者の渡辺龍馬さん(仮名)が登場。名作RPG「UNDERTALE」を題材に,日々業績主義に追われる研究者としての自身が,RPGから快楽を受け取ることへの葛藤について執筆してくれた。

 研究者は常に評価に晒される。博士課程の間に査読付き論文(注1)を書け,3年間で博士号を取れ。博士課程を修了したとしても,正規雇用の形で就職できるわけではない。

注1:査読とは,ほかの研究者に論文を評価してもらうこと。査読付き論文とは,査読を経て論文雑誌に掲載された論文を指す。

 ポスドク(注2)として雇用されたとしても,大学のポストが空くまで業績を積み上げなければならない。運良く就職できたとしても,少子化ゆえに大学は倒産するかもしれない。他の大学に移るためには,業績を出さないといけない。

注2:博士号取得後,正規のポストに就かず(就けず),任期付きの役職で働く研究者。

 業績,業績,業績。この業績主義という価値規範は,あらゆるディシプリン(注3)に浸透している。私のような歴史研究者であっても,研究業績が数値化され,重みづけをされ,評価に晒される。

注3:主に学問分野における規律を指す。

 数値化された指標は,研究の内容よりも,その外形的な基準――英語で書くとか,有名で権威のある査読雑誌に掲載するとか――を重視する。歴史研究のような,論文を一本書くために時間が長くかかり,議論の一般化が難しい分野では,本来このような評価基準に馴染まない。

 しかし,研究者として生存したいのであれば,この基準を満たせと求められる。研究とは本質的には関係のない部分に時間を割かなければならず,時間をかけたとしても基準を満たせるかはわからない。基準を満たせないと,研究者として劣っているとみなされる。

 この業績主義の残酷な現実から逃れるために,私はRPGをする。RPGは,役割を演じることを通じて,「短期的な目的・明確な手段・確実な結果」という三つの要素を与えてくれる。敵を倒し,お金と経験値を獲得し,強くなる。それを繰り返すだけで,RPGの世界の中では評価される。

 これは,研究が持つ特徴である「長期的な目的・不明確な手段・不確実な結果」と,ちょうど正反対だ。しかし,「目的・手段・結果」という構成は共通している。それゆえ,RPGは,業績主義を内面化した自分にとって,時間をかけず簡単に結果というフィードバックが得られる,居心地のよい場所なのかもしれない。

 私にとって印象的だったRPG作品は数多くあるが,このエッセイで紹介するのは,Steamでも高い評価を受けている「UNDERTALE」PC / Xbox Series X|S / Nintendo Switch / PS4 / Xbox One)だ(注4)。

注4:2024年6月1日段階で96%の人から高評価を受けていることがわかる。

(注意:ここから先は一部ネタバレを含みます)

 UNDERTALEは,2015年9月にPC向けに発売されたインディーゲームである。日本語ローカライズ版は2017年8月に発売された。

 大まかなストーリーは,ひょんなことから地底世界に落ちてしまった「ニンゲン」の子供が,地上に帰るために様々なモンスターと関係を築きながら冒険をするというものだ。使い古されたように感じられるストーリーだが,UNDERTALEは通常のRPGと異なるゲームシステムを持つ。

 「誰もころさなくたっていい。どの敵にも、戦わずに『勝つ』方法がある。スライムとダンスをしたり、犬をナデナデしたり、強そうな剣士にとっておきのヒミツをうちあけたり。もちろん、問答無用でやっつけたってかまわない」(注5)

注5:https://UNDERTALE.jp/about/(2024年06月07日閲覧)

 主人公がモンスターを倒しEXPを獲得し,LV(LOVE)が上昇し体力や攻撃力,防御力が上昇するというRPGの王道モチーフを前提としつつも,モンスターを倒さない選択を採ることもできるのだ。

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モンスターを倒すとよくあるRPGのように,EXPとゴールドを獲得できる

 モンスターを倒さないというのはどういうことか? プレイヤーは,相手のモンスターが何を考えているのかを考え,モンスターが満足するように「こうどう」を選択する。「こうどう」に成功すると,モンスターを「みのがす」ことができるようになる。このようにして,モンスターを倒すことを避けられるのだ。

 ここまで「モンスター」と表現していたため,読者は恐ろしい生き物を想像していたかもしれない。だがUNDERTALEでは,それぞれのモンスターが活き活きと描かれており,敵ではなく隣人のように表現されている。

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モンスターをみのがすとEXPは手に入らない

 「たたかう」のか,「みのがす」のか。モンスターを倒してEXPを獲得してLVを上昇させないと,パラメータが上昇しないのでゲームの難度は高くなる。一方で,自分の好きなモンスターを倒すことには苦痛を伴う。このバランスこそが,UNDERTALEの面白さの一つである。

 多くのプレイヤーは,必要に迫られ敵と「たたかう」ことを選ぶだろう。私のようにRPGを多くプレイしてきた人間は,敵を倒し,EXPを獲得し,LVを上げる選択をするだろう。場合によっては,一つのダンジョンにとどまり続け,EXPを稼ぐために敵と戦い続けるかもしれない。それが,RPGをクリアする上で最も合理的な行動だからだ。

 LVを上げてゲームの難度を下げる。難度を下げてストレスなく物語を消費できる。このように楽しんできたプレイヤーに対し,UNDERTALEは最終盤に冷や水をかける。プレイヤーを見守ってくれていたあるキャラクターが,ここまでのプレイヤーの行動を審判し,EXPとLVがどのような意味を持つのかを明かすのである。

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 このゲームにおけるEXPとは,エクセキューターポイント(Execution points)であり,他者に与えた痛みの量を数値で表したものだ。エクセキューターポイントによって上昇するLVとは,LEVEL of VIOLENCEであり,他者を傷つける能力を数値で表したものである。

 すなわち,短期的な目的・明確な手段・確実な結果というRPGの規範を内面化し,敵と「たたかう」選択をした先にあるのは,他者の苦痛への無関心なのだ。

 プレイヤーはここで受けた審判を元に,自分が行った行為を反省しつつ,ゲームの最終盤を迎える。しかし,UNDERTALEの面白さはこの構造を理解した上での周回プレイにある(LVとEXPのネタバレは,UNDERTALEが持つ何重にも張り巡らされた伏線やメタ構造を考えるとほんの一部でしかない。未プレイの方はぜひプレイしてほしい)。

 UNDERTALEのEXPとLVの定義は,敵を倒すことは悪い行為であるとプレイヤーに突きつける。そのため,多くのプレイヤーはこのゲームの2周目では戦わずに,敵と対話をし,エンディングを目指す。これは,ケアという倫理的な選択を推奨していると言えるだろう。

 プレイヤーはモンスターが何を望んでいるかを考え(関心を向ける),そのニーズを特定し満たす責任を負う(配慮する)。そして「たたかう」ではなく「こうどう」を選択することで,モンスターに対して適切な対応を行い(ケアを与える),モンスターの反応を享受する(ケアを受け取る)

 このプロセスは,政治学者ジョアン・トロント氏らが提唱するケアの4段階(関心を向けること,配慮すること,ケアを与えること,ケアを受け取ること)と驚くほど一致する(注6)。UNDERTALEにおける「こうどう」という選択肢は,従来のRPGで求められてきた,敵を倒して自分が強くなる行為から降りることを意味するのだ。

注6:ジョアン・C・トロント,岡野八代監訳,(2024)「ケアリング・デモクラシー 市場、平等、正義」勁草書房。

 UNDERTALEは,RPGにおける敵と戦い,EXPを獲得し,LVを上げる行為を初期の段階では否定せず,プレイヤーが一通りゲームを楽しんだ後,最終盤に他者の苦痛への無関心を突きつけて,RPGの持つ暴力性の批判に成功した。そして,もう一つの選択肢である「こうどう」の意義を強調するような設計になっているのである。
 
 以上のように,UNDERTALEは,RPGの持つ他者の苦痛への無関心を伴う「目的,手段,結果」の関係の否定には成功した。しかし,「短期的な目的,明確な手段,確実な結果」という枠組みから逃れられていない。

 ゲームの1周目を通常のRPGのように楽しみ,EXPとLVに込められた意味を理解したプレイヤーは,「こうどう」という選択による別のエンディングを求める。

 つまり,別のエンディングを体験したいという目的の下,「たたかう」から「こうどう」へと手段を変えてゲームを進め,クリアという結果を目指す。「短期的な目的,明確な手段,確実な結果」という枠組みは保持され,内容が変わっているだけなのである。

 業績主義を内面化することを通じて「目的,手段,結果」という枠組みに慣れ親しんだ研究者にとって,UNDERTALEの「短期的な目的,明確な手段,確実な結果」という枠組みは快楽であり続ける。UNDERTALEは依然として逃避先の一つだろう。

 研究者は,はたしてこの枠組みを内面化し続けていいのだろうか? 研究者は,業績主義やゲームが持つ「目的・手段・結果」を捉え直すべきではないか? 

 業績主義を満たすように行動することは,研究者の生存としては良いかもしれない。しかし,歴史研究者のように人間を対象とするような研究者がこの枠組みを内面化し分析をするということは, 人間をあまりにも単純なものとして見ることに繋がらないだろうか? 

 人間は必ずしも「目的・手段・結果」の枠組みを内面化しているわけではない。仮に内面化していたとしても,常にこの枠組みで行動するほど「合理的」な存在ではない。ケアの議論もそうである。UNDERTALEのように,モンスターのケアニーズが選択肢として現れるわけではない。現実はもっと複雑だ。

 RPGというゲームに一時的に逃避することは心地よいかもしれない。しかし,それはこの「目的・手段・結果」の枠組みの内面化を強化することに繋がる可能性もある。

 UNDERTALEはRPGの持つ暴力性を暴き,その価値の転覆に成功した。もちろん,UNDERTALEは「目的・手段・結果」という枠組みから逃れることはできなかったが,この既存のルールの転覆という視点は重要ではないか。業績主義という研究者の心性にまで浸透するこの規範を捉え,転覆させることが,歴史,いや,人間を対象とする研究者には求められている。

 とはいえ,私もこのエッセイが研究者からどのように見られるのかを恐れ,匿名で書いている以上,いまだ業績主義の価値規範からは逃れられてはいないのだが……。

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