インタビュー
あれから4年。久々に姿を見せた「人喰いの大鷲トリコ」について根掘り葉掘り聞いてみよう――4年間で変わったこと,変わらなかったこと
上田作品と「ビデオゲームにおける物語」
4Gamer:
しかしいつもの上田作品の感じだと,そこまでの信頼感を得るに至ったプロセスというのは細かく描かれていない感じなんでしょうか。ICOにしてもワンダにしても,必要最低限の情報しか示されていなかったと思うのですが。
上田氏:
トリコと少年の関係ですか? いえ,出会いのシーンなどはちゃんとありますよ。ICOやワンダよりは,少し丁寧にそのあたりは作ってあります。
4Gamer:
そうなんですね。ちょっと意外です。
上田氏:
そうですか?
4Gamer:
ICOやワンダは,必要な情報を最小限しか出さないことによって,各自勝手に解釈する余地がたくさんあって,それがゆえに上田さんの作品は……ええと,なんて言うのがいいでしょうね。「ナラティブなもの」になっていたと思っているので,トリコもそれを踏襲するのだと思い込んでました。
上田氏:
なるほど。でも,トリコと少年との言葉のやりとりというものはありませんよ。動物に対して言葉を使ったとしても意味をなさないという事情もありますし。
4Gamer:
上田作品がペラペラしゃべったり,テロップが山ほど表示されたりしたら,ちょっとイヤかもしれません……。
上田氏:
テキストで説明し尽くすという感じでもないですね。最初に動物とのコミュニケーションをコンセプトに作品を作ろうと思った時に,これまでの作品以上に言葉がないゲームになるな,という予測はあったんですけど。
4Gamer:
ICOに通じる,あの何語ともつかない独特の少年のコマンド以外,ほとんど何も出てこない感じなんですね。
上田氏:
先ほどの「ナラティブ」の話なんですが,ナラティブの手法という意味でいうと,“説明しない“というのはナラティブのたくさんある手法の1つだとは思うんですが,ビデオゲームにおけるナラティブの手法としては,今のところそれぐらいしか有効なものがないというのが正直なところです。
言葉足らずにするか,もしくは情報を山ほど出す以外に,何かしら新しい表現方法が発明されれば,またそこで何かブレイクスルーが起きて,ビデオゲームにおけるナラティブの表現は先へと進むかもしれないんですけど。
4Gamer:
たとえば「風ノ旅ビト」なんかは,上田さん方式のナラティブですよね。ほとんど情報が与えられない。
上田氏:
ただ,情報を与えない方式にも限界があるんですよね。シチュエーションなどにあまり広がりが持たせられないとか,キャラクターはたくさん描けないとか。
4Gamer:
それはそうですよね。ゲームそのものの情報も必要最低限にしないとプレイヤーが追いつけないですし。
上田氏:
テキストで説明すると一言で終わるような簡単なことも,丁寧に作り込まなくてはいけないという。簡単に言うと,表現にコストがかかるということですが。
4Gamer:
確かにテキスト1行で済む描写を,ビジュアルで描くとなると……。
上田氏:
ビジュアルで,しかも破綻なく描くとなると,手間もコストもかかります。
4Gamer:
でも日本人には向いている気がするんですけどね,あの雰囲気は。
上田氏:
そうですよね。俳句とか短歌に通じるものがあると思います。
4Gamer:
いま話に出た「風ノ旅ビト」にしても,ICOにしてもワンダにしても,海外でもとても評価が高いわけですから,意外と世界共通で通じる表現なんですかね? 実は私そこはちょっと誤解していたのかもしれません。なんかハリウッド的な「ヒャッハー」みたいな演出がないと無理なのかなぁ,とか。
上田氏:
マッドマックスの新作(マッドマックス 怒りのデス・ロード)などもそうですね。セリフを極力排除してビジュアルで観せる。映画の高評価具合から見ても,北米でもそういったものが受け入れられてるわけです。
4Gamer:
日本という国は,基本的にはほぼ単一民族の国家なので,お互いに無条件で通じる共有化されたコモンセンスというものがあると思ってるんです。でもヨーロッパやアメリカって,そういうのはなかなか難しいかもしれないな,と。「察して」というのがなかなか通じないというか。
上田氏:
「絵を見れば一目瞭然」というようなものなんでしょうけど,世界共通という意味では限られてくるのかもしれませんね。
この4年間の“紆余曲折”
4Gamer:
上田さんの思想がちょっと見えたところで,話を変えてみてもよいでしょうか。
最後にお会いしてから4年が経って,その間にも新作がいっぱい出てきて,プラットフォームも一新されて,スマートフォンが全盛になり……そしてここではちょっと言いづらいですが(注:インタビューはSCE社内で行われている),コンシューマがやや苦戦していると言われており,実際に全盛期ほどの盛り上がりはないですよね。
上田氏:
海外と比べると,そうですね。
4Gamer:
そんな風に回りの状況が変化していく中で,途中でツラいことがあったりとかしませんでした? 1年程度ならまだしも,4年ですので,一度聞いてみたかったんです。
上田氏:
それは……たとえば制作が途中でキャンセルになるとか?
4Gamer:
そういうドラスティックなものもありますけど,主に上田さん本人のモチベーションとかそういう部分で。
上田氏:
過去を振り返ってみると,ないとは言えないですね。
4Gamer:
どのあたりで……?
上田氏:
たぶん……前回4Gamerさんに取材を受けた時(2011年9月)までは,そういうことはなかったですね。「早く作らなきゃ,早く仕上げなきゃ」という思いが強かったので。そこからは紆余曲折ありまして……。
4Gamer:
何か疑問に思ったとかそういうことだったんでしょうか。「これでいいんだろうか?」とか。
上田氏:
ゲームというのは,僕がいくらがんばっても1人で作れるものではないですよね。チームであったり,チーム以外も含めた大きな組織で作っていくもので,自分だけで完成まで持っていけるということはないわけです。
4Gamer:
はるか昔のゲーム業界であればいざ知らず,昨今ではまずあり得ないですね。
上田氏:
チームの内外を問わず自分でコントロールできない様々な状況が起きているなかで,「このままの状況で,果たして完成までもっていけるのだろうか」という不安がありました。
4Gamer:
それは4年前のインタビューのあとくらいですか? 直後に「SCE退社」の報が流れたのでびっくりした記憶があります。
上田氏:
あれよりはずいぶんあとでしたね。ちなみに,SCE退社というのはトリコの進捗とはほとんど関係ないですよ。
4Gamer:
あら,そうなんですか。少しでも身軽になりたかったとか,そういう?
上田氏:
色々騒がれましたが,自分の中では“退社”っていう感覚があんまりなくて……。言うならば契約形態が変わっただけですから。
4Gamer:
あぁなるほど。そういう表現であればしっくりきますね。
SCEに席もちゃんとあったんですよ。
4Gamer:
でも,聞こえてきた出来事のみを並べていくと,きっとあまりに進まない開発にSCEがキレて,上田さんとモメて……みたいな,そういう地獄絵図を思い浮かべるわけです。それで1年後くらいに,1年何も情報なかったし,ホントに中止になっちゃったんだなぁ……って。
上田氏:
いやいや(笑)。それとこれとはホントにまったく関係なくて,SCEを退社したのは,クリエイティブなことを続けていくうえでの自分のキャリアプランとして……という感じですね。
順番がようやく回ってきた!
4Gamer:
それは,作品数はもう少し増やすべきじゃないか,とかそういった話ですか?
上田氏:
もちろんそれもあります。
4Gamer:
私も上田さんとほぼ同じ年ですから,なんとなくそのへんのことが気になる年齢になってきたんです。たとえば上田さんが3年で1作品を制作するとしても,フルスロットルでずっとアクセル踏み続けても,残せる作品はあと何本かな……って,きっとそういう計算はされますよね。
上田氏:
おっしゃることはとてもよく分かりますよ。
4Gamer:
気持ちが一瞬揺らいだとしても,やっぱりトリコでいこう,と気持ちが戻ったわけですよね。
上田氏:
あぁそのへんはちょっと誤解があるかもしれませんね。トリコに対する気持ちの問題というより,本格的に制作ができるようになったというだけのことなんです。「順番が回ってきた」ということですね。
4Gamer:
ということは裏を返すと,それまでは本格的には制作できなかった時期があった?
上田氏:
そうですね。スタジオの中にはタイトルが複数ライン走っていて,それの優先順位が存在します。限られたスタッフリソースをうまく割り振って,何ラインか同時に制作を行っているわけです。
4Gamer:
それは,SCEのJAPANスタジオの話ですよね?
上田氏:
はい。それで,タイミングが来ればリリースするし,リリースはこの順番で……と決定があるわけです。
4Gamer:
なるほど,そうだったんですね。
なんというか表現が悪いですけど,意外と普通の理由だったんですね。最悪の状況だったわけじゃなくてよかったです。僕らも何も情報がないから,もう邪推するしかなくて(笑)。
上田氏:
発表のタイミングが早かったというのは幸いだったのかもしれません。トリコは,確か2009年のE3が初出だったと思うんですが……。
4Gamer:
あのときの欧米の盛り上がりはすごかったですね。
上田氏:
例えばこの発表がもう少し遅かったら,場合によってはキャンセルになっていたかもしれません。すでに発表されて期待が大きいからという理由で存続できたということも大きいと思うんですよね。そういう意味でも,待ってくださっているお客さんには本当に感謝しています。
4Gamer:
「やめちゃったらしい」とか「あれから1年何も出てこない」とか,周辺状況だけしか分からなかったので本当にドキドキしました。
上田氏:
正直,僕を始めとした制作チームのほうが焦っていたくらいです。すでに発表されていて,待っているお客さんもいっぱいいるわけですから。「早く作って,早く出さないといけないぞ」と。
4Gamer:
元々上田さんは,あまり外に向かって情報を発信しない方ですが,さらにSCEまでだんまりだし。そうなると余計にこう……ね。
情報のアップデートがなかったので,そう思われても仕方がないですね。
クリエイティブな部分で何も進んでいない期間というのが,すごく長かったんです。クリエイティブな進捗があれば,以前見せたところがこのように良くなりましたとか,例えば発売日が決まっていれば,新しい情報などもお伝えできたのかもしれないのですが。
4Gamer:
色々あったうえで,今回あらためてE3での発表があったわけですが,欧米の人のリアクションはどうだったんですか?
上田氏:
インタビューなんかでは,やはり質問はありましたよね。「これだけ長くなったのはなぜだ?」と。ただ,それに関して比較的,ネガティブな印象は感じなかったです。
4Gamer:
じゃあきっとみんな,私みたいな人間がインタビューしていたんですね。「あぁよかった!」って。
上田氏:
そうなのかもしれませんね(笑)。ありがたいことです。
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