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【山本一郎】「三國志13」プレイレポート――俺たち黄巾族! 底辺から呂布を目指す兵卒バカ一代・裴元紹の一生(前編)
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印刷2016/12/10 00:00

プレイレポート

【山本一郎】「三國志13」プレイレポート――俺たち黄巾族! 底辺から呂布を目指す兵卒バカ一代・裴元紹の一生(前編)

裴元紹の躍進,そして禁断の恋


 かけがえのない戦場の友を失った裴元紹ですが,涙を拭いて前を向きます。戦功を重ね,三品官へと昇進した裴元紹は,いくつかの戦場では司令官に抜擢されるなど,その能力を高く買われて黄色く光る黄巾の星へと成り上がります。

「この戦場は裴元紹に指揮を任せたいのだが」
「断る!!」

友よ……民よ……力が欲しい。いやいやいや,駄目だ駄目だ。私は一兵卒としての人生を全うするのだ。武道を極めるには権力を求めてはならぬ!
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 強い強い裴元紹。巡察で出てくる賊にさえ負けて逃げ回っていた日々もサヨナラであります。

 俺は,男の道を突き進む。裴元紹の目には,打倒何進しか入りません。仇敵何進を討つため,今日も訓練に,巡察に励む裴元紹。チンピラから身を起こし,軍団からは融通の利かない脳筋馬鹿などと陰口をたたかれようと,ひたむきに戦い続ける裴元紹を,やがて人々は高く評価するようになります。一兵卒の座を動こうとしない彼に報いるべく,世はついに一品官の称号を与えることになるのです。

いつの間にか高名の勇士となった裴元紹。あの,私,裴元紹なんですけど……
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さらに紀霊さんらとも朋友に。黄巾の陣容は,裴元紹を中心にどんどん厚く,暑くるしくなってゆきます
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 「一品官か。だが,俺にはそんなものはガラクタに過ぎぬ」とうそぶく裴元紹が,日頃の疲れを癒すためいつものように黄巾の首都・陳留の酒場へ酒食を求めに行くと……ふと妙齢の女性が,在野で士官先を求めておられるではないですか。猛烈な雷が,裴元紹の身体を貫きます。なんと……好みのタイプだ。飾らず,それでいて上品で,溢れる気品を涼しげな瞳に宿し,純真が衣をまとったように真っすぐな好奇心を周辺に向けておられる……。そして,何よりも美しい。見ているこちらが心を洗われるようだ。この俺が持つ硬い槍の柄の代わりに,いつまでもその白く柔らかで珠のような手を握っていたい。

勝利だ! 黄巾軍の理論的支柱・張角さまから論功行賞で過分なご評価を得て恐縮至極の裴元紹。……おや? 誰です,蔡えん(蔡文姫)さんというのは……
画像集 No.032のサムネイル画像 / 【山本一郎】「三國志13」プレイレポート――俺たち黄巾族! 底辺から呂布を目指す兵卒バカ一代・裴元紹の一生(前編)

 いかんいかん,俺は武の道を歩む男,と思い直す裴元紹の心臓はそれでも高鳴り,釘付けとなった視線に気づいた女性は,穏やかな笑みをたたえて裴元紹の元へやってくるではありませんか。裴元紹,武力は93になったけど,知力はいまなおたったの25。知力はひとつも成長していません。三国でも筆頭格の,馬鹿の中の馬鹿であります。女性の美しさと裏打ちするような知性に衝撃を受け,開いた口を閉じることもできないままでいる裴元紹のそばに,女性がまっすぐやってくるではありませんか。

「こんにちは」

 鈴のなるような澄んだ声で,女性は裴元紹に声をかけました。

「こん……にちは」
「よろしくて。高名な武人の方とお見受けいたします」
「え? ああ,これはどうも。俺は黄巾の裴元紹。あなたは」
「私は蔡琰(さいえん)。字は文姫。お初にお目にかかります。書を求めて旅をしているのに,騒乱続きで身動きが取れませんの」
「あっ,はあ。すみません」

 裴元紹は髪一本生えていない頭を撫で回しながら,艶やかに回る蔡文姫の唇を眺めます。

「この街は,戦場(いくさば)の真ん前でありまして」
「それは困りましたわ……父上の遺した史書の類を,早く集めなければなりませんのに」

 不安げに,蔡文姫は裴元紹を上目遣いで見上げた。

「このあたりにお詳しければ,助けてくださらない?」
「俺は……」

 戦場では熱い魂から無尽蔵に湧き出る勇気も,この日ばかりは枯渇してしまっているようでした。

「俺は役に立てません。なんせ,無学な男ですんで」
「そう……この街の太守にお話をうかがえればいいのだけれど」
「そのぐらいのことで良ければ,喜んで」
「ありがとう。助かるわ」

 裴元紹は蔡文姫の頼みに応じ,太守の高覧と引き合わせるまで,ひとときの心の純真をときめかせたのでありました。しかし,肝心の高覧は虫の居所が悪かったのか,ちらりとこちらを見やるも,さしたる興味を示した風もなく,失望した蔡文姫は宮殿を後にしました。

「すまなかったな。あいつ,悪い奴じゃあないんだが」
「いいんですよ,裴元紹さん」

 許昌の強い日差しを避けるように,街道の木々の影を選んで二人は歩きます。

「そうかい」
「本当に感謝しているわ。この街には,お目当てのものはなかったけれど,あなたの親切のお陰で,きっと,また旅を続けられる」

 蔡文姫はまっすぐ,日暮れの西日を見ると,遠くで何進軍と戦争が続く土煙を眺めました。

「洛陽へ探しに行ってくるわ」
「それは危ない」

 顎をしゃくりながら,裴元紹は指さします。

「見たまえ。あそこに上がってる埃は戦場だ。いままさに,男たちが命を賭けて戦ってる。貴女のようなご婦人がおいそれと足を踏み入れるような場所ではないのです」
「いいえ。私は向かいます」

 蔡文姫はきっぱりと,未来を見据えるかのように口調を強めます。

 「私は,どんなに時間をかけてでも,失われたものを取り戻さなければなりません」

 失われたもの……裴元紹は亡き友,張梁を思い起こすのであります。戦場で散った友のことを思い返すと,土くれにまみれた裴元紹の魂が,炎となって分厚い胸の中で酷く踊り猛るのです。

「あの」
「どうされました」
「俺と一緒に,黄巾で働きませんか」

 裴元紹が決死の思いで勇気を奮い立たせ,蔡文姫さんを黄巾に誘います。この人は,俺に足りないものを持っている。そう思ったのです。

「困ります……私には黄巾の皆さんの期待に応えることなどできません。それに,武具をまとって戦場を征くなんて,とても……」
「そ,そうですか。そうですよね」
「ありがとうございます。裴元紹さん,さようなら。貴方の親切は一生忘れません」

 残念な知力25。鋼鉄の意志を持つ蔡文姫は,戦場の土煙舞う洛陽へと,眦(まなじり)を向けます。夕暮れの西日が後光のように歩み始める蔡文姫を包みます。呆然と見送る裴元紹。あっさりフられて物悲しさに拍車がかかりますが,足りないものは勇気だ。そう,勇気なのだ。裴元紹は強くこぶしを固めると,その小さくなっていく背中に向けて,諦めきれない裴元紹はひときわ大きい声をかけます。

「蔡文姫さん! これ,受け取ってください!」

 裴元紹が取り出したのは,天下の名品「論語集解」。そう,三國志13の世界では皆さんの好感フラグで物事が動くのです。どう考えても黄巾の乱とは相性が悪く,仕官などしてくれない在野の蔡文姫さんでもアラ不思議,好みの贈り物をもらえれば好感度アップで裴元紹の頼みも聞いてくれるかもしれません。

「これを……私に?」
「あっ,はい。持ってても,どうせ俺には何が書いてあるのか分からないんで」
「こんな素晴らしいものを。嬉しい」

 蔡文姫はそっと裴元紹の手を握ります。

「本当にありがとう」
「いいんだ。いいんだよ」

 真夏の夕日より赤く顔を火照らせる裴元紹は,最後の勇気を振り絞って蔡文姫に頼み込みます。

「黄巾かどうかはどうでもいい。実は,俺も西に行きたいんだ。しなければならないことがある」
「……はい」
「時間はかかるけど,仲間と一緒に,いや,俺と一緒に,洛陽にいってくれないか」
「……」
「……」

 しばしの間,見つめ合う裴元紹と蔡文姫。ほんの一瞬なのに,長い時間が流れたかのように硬直する二人。ふっと笑うように,蔡文姫は沈黙を破ります。
「面白い人」
「俺は……洛陽にいって,この戦いを終わらせなければならない」

 まっすぐに蔡文姫を見る視線に動かされたように,蔡文姫は深く頷きます。

「必ず,洛陽を落としてみせる」
「良くってよ。ご一緒しましょう」

 裴元紹は,弾ける笑顔を蔡文姫に向けます。

「それは助かる。あの太守の高覧は武官でいかついが,ああ見えて根はいい奴でな……」
「そう」

 今日初対面なのに,まるで長年の知人であるかのように,二人は再び,太守の待つ宮殿へと歩いていきました。

いやいや,私は男一匹裴元紹。淫らな恋など似合わぬ。能力は別として,志を等しくする友と友情を培っていく
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呂布と化した裴元紹,怒りの恋路


 宿敵何進と一進一退の攻防を続けてきた黄巾軍は,失っていた汝南,宛をついに奪回。武将も袁紹や曹操の未来の配下を順調に吸収して充実の一途となります。その軍団の中核にいるのが,いまや黄巾きっての勇将・裴元紹であることは言うまでもありません。もうね,統率91,武力96で,いい感じで張遼クラスであります。知力は相変わらず25だけど。

 んで,戦のない貴重で平和な時間は… 街をうろうろするのです。

「おや,蔡文姫さん。こ,こんにちは」
「あら裴元紹さん。ごきげん麗しゅう」
「あの……俺,いや,わたしで何かお役に立てることでも」
「嬉しいわ。そこの畑の横にある大石をどけてくださらない?」
「お安い御用で」

あの,えーと,お嬢さん。*ゴホン* お困りのことがおありでしたら,遠慮なくこの裴元紹に。お,お任せください
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 このようにして,それとなく蔡文姫が文官として内政に励んでいる横をそっと通りかかりながら,ちょっとずつ,ほんのちょっとずつ,その距離を短くしていくのであります。

 戦いに明け暮れた青春の残り香。それは一品官となり,兵(つわもの)としては極めながらも,がむしゃらに生きた人生で置き忘れてきた最後の果実でありました。

 いつまでも,蔡文姫のそばにありたい。彼女の役に立つ存在でありたい。おそらくは,初めて会ったときからぼんやりと思い続け,いまになって,心の中でどんどん存在の大きくなっていく彼女の魅力なのでしょうか。いまや,軍内で槍を持てば彼を凌ぐものはいません。しかし,彼の欠いていたものは,人生の潤い,あるいは,本当の意味で,人生をかけて守るべきものでした。

 いや,いや。そんなことではいけない。裴元紹は頭を振るわけです。何よりも,悪の帝国である後漢に巣食う圧政者から民衆を解き放つこと。そして,ともに戦って散っていった,張梁や仲間たちの仇を討ち,恨みを雪ぐこと。ゆくゆくは,漢の皇帝を護り,我らが張角さんの導く黄天の世を創り出すことが求められているのです。裴元紹にも,そこに迷いはありません。

 しかし先日,張角さんの弟,張宝さんが猛烈な何進軍の反撃を受け,これを支えきれず,戦場にて敢え無く討ち死にを遂げ,また張角さんも長年の戦いに身を酷使したか,ついには病床の身になったと伝え聞きます。黄巾軍に残された時間はありません。この身をすべて燃やしても,取り組むべき価値が,黄巾軍にはあるのです。

「裴元紹さん。いつもありがとう。今度,どうか我が家にお越しくださらない?」

なぬ……? 蔡文姫さんからご自宅にお誘いとな……ブルブルブル,いやいかん,そんなことでは私の武術に曇りが生じてしまう……
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 ファーーーー。武力96の裴元紹から,鼻血がドバドバ流れ出るのであります。蔡文姫さんがお自宅に俺を招いてくれるだと。何という惑星直列級のチャンス。
 ヤバイ俺ヤバイ超ヤバいしマジヤバイ。あんなことやこんなことが起きてしまうのか,いやいや俺には黄巾の世を創り出すという究極の野望が,一兵卒としての誇りが。いやいや,でもでも蔡文姫さんの誘いを断るなんて人間として最低だ,俺は知力も最低だがまず男として最低だ。這ってでもお誘いを受けなければ。

「よ,よ,喜んで」
「では後ほど。待ってますわ」

 何事もなさげに蔡文姫と別れた裴元紹,彼女の姿が見えなくなると踵(きびす)を返し,ドドドドドと猛烈な走行で激しい土煙を上げつつ繁華街の酒場に殺到します。

「おいオヤジ! 頼むいい酒をくれ,とびきりの奴を頼む」
「またですか大将。また飲み過ぎていろんなもの壊さないでくださいよ」
「馬鹿野郎! 壊しちゃなんねぇものがあるんだよ! いいから早く出せ!」
「はいはい」

 薄ら笑いの店主をよそに,頭からホカホカとした蒸気をのぼらせ,軍装を手で掃いながらいそいそと蔡文姫の家へ向かう裴元紹。しかしそこには…。

「ごめんください」
「あら,裴元紹さん。お早いのね。どうぞ」
「これは……」

えっ,あっ,はい……あの,酒持ってきたんで,一人で飲んで帰ります,いやー,はっはっは
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 喜び勇んで訪問した蔡文姫邸。そこには「先客」がいるではありませんか。見るからに見識深く書を携えた中年男が,親しげに蔡文姫と話し込んでいるところに裴元紹は暴れ馬よろしく闖入したのでありました。これでは,むしろ裴元紹こそ間男です。

「だ,誰ですかこの男」
「ご紹介しますわ,こちらは裴元紹さん。学を尊ぶ高名な黄巾の将軍さまですわ」
「はじめまして,しがない学術研究者です」
「裴元紹さん,この先生は……著名な大学の…………」

 うう,頭が……どういうことだ……裴元紹の脳裏には疑念と懸念がグルグルと渦巻きます。

ファーーー。蔡文姫さんのご自宅に男がーー。男がーーーー。ですよねーー,私のようなゴリラは所詮ボディガードかなんかっすよねーー
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 何だと。こんな清純な蔡文姫が……間違いだ。これは何かの間違いだ。男にたぶらかされるような蔡文姫ではない。や,待て。待てよ。それはそうなのだ。飛び抜けて聡明で誰よりも美しく,研ぎ澄まされた氷の槍のような貫徹する意志を持ち続ける蔡文姫に好きな男の一人や二人いても仕方があるまい。俺のような無学で粗野な土くれなど,初めから相手にしていなかったのだ。
 俺は弄ばれていたのか。どうなのだ。ただ,ただいますぐに,目の前の文官然としたこの中年男を殴りつけてやりたい。奴の顎を打ち砕く渾身の右ストレートだ。血祭りにあげてやる。この場ですぐにだ。俺よりはるかに頼りなさげな男を選ぶなんて。武力で見れば俺の三分の一もなさそうな奴だ。こんな奴が蔡文姫を護ることができるのか。だが蔡文姫の前で暴れて悲しまれても困る。それより蔡文姫が選んだ男だ,きっと俺よりもはるかに,そう,はるかに見どころのある人物に違いない。

 人間は見た目ではないし,必要なものは怒りではない。ここは落ち着いて。ああ,自分の気持ちの整理が必要なのか。裴元紹,落ち着け。どうどう。蔡文姫は知的な女性だ,きっと俺には理解のできない何か崇高な能力を兼ね備えた人間だとしたら,俺はどうすればよいのだろう。男として必要なことは何か,蔡文姫の本当の気持ちを確認することだ。

 穏やかに,紳士のように。心からこの男と一緒になりたいと蔡文姫が言うのならば,人間として,もっとも愛する者として俺は身を引いて,蔡文姫のために祝福してやるべきではないのか。綺麗に,潔く。一言でも,俺はお祝いの言葉も置いていってやるべきじゃないのか。末永くお幸せに。そうだ,短く簡潔な方がいい。いつまでも心に残るような。こんなに素晴らしい蔡文姫にとってみれば,好きな男など選び放題だろう。そうさ,初めから儚い夢だったんだ。俺みたいな土くれは戦場に消えるのが一番だ。いつかは消えゆく甘い夢でしかなかったのだ。俺などには見向きもしない,高嶺の花であることなど分かっていたことじゃないか。いいんだ。好いた女が幸せになってくれるならば俺にとっても最高の幸せじゃないか。どうせ夢はいずれ覚める。いいんだよ,これでいいんだよ,俺は俺の道を生きる,彼女には彼女の幸福がある,そういうことじゃないか。

 この三國志13という小さな宇宙の中で咲いたささやかな花を愛でる覚悟を持って初めて,俺はこの恋に決着をつけられるというものじゃないか。さあ,諦めて先を向こう。俺の本当の人生を考え直そう。俺が生むべき価値を,培うべき友情を,進むべき道を見つめて,いま以上に生命(いのち)を燃やして進んでいくしかないじゃないか。いったい,何を迷う必要がある。俺の武道に恋路など脇道寄り道の類は初めからないんだ。そうだ,そうだとも! さあ,前を向こう。明るくお別れを言おうじゃないか。


「…………で,……と,いうことなの」
「蔡文姫さん,分かりました!! 末永くお幸せに! 俺は! この,俺は!!」
「ほんと? 嬉しい! 先生! 裴元紹さんが足りない学術資金3000万円をくださるそうです」

「……え?」
「ありがとう。裴元紹さん,本当に助かるわ」
「さ,さんぜんまん?」
「裴元紹さん,ささ,早くこの債権譲渡契約書にご住所とお名前のサインを」
「あっ,え,はい」
「いつも感じるんですけど,個性的な字を書かれるのね」
「えっ」
「引き落としの取引銀行と口座番号はここに」
「蔡文姫さん?」
「はい,印鑑はここ」
「あの」
「なければ拇印でいいわ。捺印は形式的なものだから。はい,朱肉」
「えーと」
「あ,二部作るので割り印をここに」
「はい」
「これで大学の研究室は救われたわ! 裴元紹さん,あなたのお陰よ! ありがとう。裴元紹さんありがとう」

どうする裴元紹!! 淑女の歓心をカネで買うのか!?
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 蔡文姫はその白い両手で,ごわごわした分厚い裴元紹の手を握りしめます。
「あのー」
「いいのよ。これでいいのよ。一部はあなたの控えね」
「まったく分からんけど,よく理解した。金3000……確かに受け取ってくれ」

(泣きながら)何も言わずに受け取ってくれ……短い夢だったとしても,その夢を抱いて私は生きていける。さあ,頑張って働いて得た3000万円(金3000)だ
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 大学の先生と呼ばれた男性は裴元紹と蔡文姫に交互に深く礼をして,契約書を片手にそそくさと退出すると,部屋は静まり返ります。呆然とした裴元紹と柔らかな笑みを湛えた蔡文姫は二人,テーブルに置いた酒瓶を挟んで見つめ合っていました。

そして,絆が成立……げ,現金っすね蔡文姫さん。あの,頑張りますんでこれからもよろしくお願い申し上げます
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「……注いでくださる?」
「お,おう」
「裴元紹さん,軍人としてご高名であるだけでなく,研究や芸術にも深い理解がおありなのね」

 二人は,酒を注いだ杯を鳴らし,掲げると,穏やかな晩夏の風が通り抜けます。

「なんだか,夢のようだ」
「ねえ。元紹って呼んでもいい?」
「そうだな」
「もっとずっと粗野な方だと思っていました」
「俺は……」
「いいのよ。私の友達になって」
「おう。俺で良ければ」

 杯をぐいと飲み干すと,蔡文姫の白い腕(かいな)が酒瓶を揺らします。

「もう一献,いかが」
「ありがとう。だが,そろそろ,日ならず洛陽に出るぞ」
「まあ。いよいよですのね」
「束の間の平和も,これで終わりだ。いってくる。必ず勝って帰ってくるさ」
「私も,参ります」

 決意を秘めた蔡文姫の瞳を真っ直ぐに見返して,裴元紹はなかば自分に言い聞かせるように,低い声で応えます。

「出陣は,張角さまがお決めになることだ。ただ,どうであれ俺は文姫を護る。それだけだ」

 そして,夜も帳が下りて,更けるほどに飲み交わし……もう寝ますのでごきげんようと裴元紹が叩き出されるころには,二人はただの男女の間柄ではない,朋友の絆を深めたのでありました。そこ,また友情をカネで買ったとか無粋なことを言わない。

蔡文姫さんと一緒にいるために。共に,人民のためにより良く働くために。この地で,できれば,末永く暮らしていきたい
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――後編に続く

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■■山本一郎■■
言わずと知れたアルファブロガーで,その鋭い観察眼と論理的な文章力には定評がある。が,身も蓋もない業界話にはもっと定評がある。ゲーマーとしても知られており,時間が無いと言いつつも,膨大に時間を浪費するシミュレーションゲームを愛して止まない。三國志13で何か書きませんかとお願いしたところ,「ARRを書いていたら超大作になった」とのことで前後編に分けてもらいました。ところで,蔡文姫さんの登場以降,筆がノリすぎではないでしょうか……たぶん,ゲーム中では400字で収まる出来事のように思うのですが。
 
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