
連載
時代の陰を映し出す,6人の作家による怪異幻想譚集「ドイツロマン派怪奇幻想傑作集」(ゲーマーのためのブックガイド:第35回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
小泉八雲の「怪談」や,柳田国男の「遠野物語」を挙げるまでもなく,怪奇幻想譚は短編集に限る……と,個人的に思っている。
そもそも恐怖とは,自身の生命や存在の危機を悟ったときに発生する,強く瞬間的な自己防衛反応だ。その性質から言っても,キャラクターや物語にどっぷり没入するタイプの長編より,印象的な場面をエピソードとして切り取った短篇のほうが,フォーマット的に向いているように思う。さらには一人の創作物より,複数の作家が混在するアンソロジーや,話者が異なる聞き語りをまとめた伝承集がいい。基底としている恐怖が同じでも,語り口や見せ方,場面状況が異なると,それに付随する驚異,悲哀,憧憬などの感情が多彩になり,バラエティ豊かな異界の表情が垣間見えるからだ。
そんなわけで,今回は18世紀末から19世紀初頭の怪異譚を集成した「ドイツロマン派怪奇幻想傑作集」を紹介してみよう。
「ドイツロマン派怪奇幻想傑作集」
著者:E・T・A・ホフマン/ルートヴィヒ・ティーク他
編訳者:遠山明子
版元:創元推理文庫(F)
発行:2024年9月13日
定価:1200円(+税)
ISBN:9784488584092
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東京創元社「ドイツロマン派怪奇幻想傑作集」紹介ページ
当時のヨーロッパは,産業革命を旗印とする「万能感あふれる科学技術」や「理性への賛美」によって無知蒙昧な迷信の闇を晴らそうと,社会が大きく変化していく時期であった。ところが,すぐに貧富の格差拡大や健康被害など,それでは解決しえない(どころかむしろ問題が大きくなっていく)事態が多々あると発覚し,失望もまた広がっていった。
そんな理性の光では晴らしきれない陰的な存在に共感し,掘り下げ,文学/音楽/絵画など芸術として表現した人々が,本書の表題にある「ロマン派」である。
200年も前の異国の物語を,今さら取りあげる意味があるのか? そんなもっともな疑問は,本書を読み進めるうちに氷解する。当時あからさまになった問題は,この21世紀になっても消えることなく残り続けているからだ。結果そこから生まれてきた怪物や怪異,そしてそれらを含む物語の類型は,今なお多くの読者を魅了し,さまざまな形で語り継がれている。もちろんゲームにおいてもだ。
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文体も平易で分かりやすい。さすが「完訳グリム童話」や「ファンタージエン」など,長年にわたってドイツの児童文学を訳してきた遠山明子氏だ。最近の「アルプスの少女ハイジ」の新訳も興味深い。翻訳とは最終的には日本語力であり,原文で描かれた風景をありありと目の前に表出させる文体の安心感に,ほっとしている自分がいる。
本書には,そんな遠山氏が選び抜いた6人の作家による,9編の物語が収録されている。いずれも創作と伝承,迷信と理性の狭間にメスを入れた作品であり,我々の知っている現実は,読み進めるうちに蠱惑的な異世界へと呑みこまれていく。
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ティークは詩人・作家としてだけでなく,英国やドイツの演劇台本の集成や,セルバンテスの「ドン・キホーテ」のドイツ語版など,編集者/翻訳者としても力を発揮していた人物である。その膨大な知識量を背景とする自身の作品は,短い描写のなかにもビビッドな感情が伝わる,叙情豊かな仕上がりとなっている。
巻頭の「金髪のエックベルト」(原題:Der Blonde Eckbert)は,ティークの代表作にあたる作品だ。表題にある騎士のエックベルトは実は狂言回しであり,妻のベルタを主人公として読むこともできる,女性の自立をテーマにした作品といえる。
理想的な夫婦に見えた二人には,実はひた隠しにしてきた闇があり,それを仲良くなった流浪の人物・ヴァルターに打ち明けてしまったところから悲劇の連鎖が始まる……と言う筋書きの物語である。
二作目「ルーネンベルク」(原題:Der Runenberg)では,家族との幸福が約束された里にありながら,それでも魔の山・ルーネンベルグに惹かれずにはいられない,どうしようもない放蕩者の主人公・クリスチャンが描かれる。その姿は,むしろ哀愁や同情を誘う。
この二編を読んでティークの作品に興味を持ったなら,ペローの人気童話をシニカルに翻案した戯曲「長靴をはいた牡猫」や,若き芸術家の流浪と成長に寄り添う長編「フランツ・シュテルンバルトの遍歴」などにも手を伸ばしてみてほしい。
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一作目の「死の天使」(原題:Der Todesengel)では,金細工師トリュムが妻の命日に死神がやってくる夢を見て,娘のマリアに「何かの兆しかもしれない」と告げるところから始まる。そこに好青年・ヴォルフが錬金術の秘密を携えて弟子入りし,マリアは死の天使の蔭に怯えながらも,どんどんヴォルフに惹かれていくことに。しかし彼女には,会ったこともないヴァルター(またもこの名!)という資産家の婚約者がいたのだった。このめぐり合わせの不運と不吉な予感を引きずったまま,物語は悲劇へと突き進んでいく。
二作目の「宝探し」(原題:Die Schatzgräber)は,オープニングから作者が登場する奇抜な作品だ。「作家仲間のホフマンの小説が,自分も一緒に体験した事実を元にしているのに,ひどい改変だ」となじるザリーツェ=コンテッサが,「だったら自分が真実の物語を書いてやる」と言って,さらに大風呂敷広げた冒険物語を語り始めるという内容である。いやはや作家同士,実に仲が良い。
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さまざまな願いを叶えるという植物・アルラウネだが,所有したまま死ぬと魂が地獄行きになってしまう。なので適当なところで売り払ってしまいたいが,買ったときの金額以下でしか売ることはできない。アルラウネを押しつけあうデスゲームは,やがて限界値に達し……というお話である。
このプロットは17世紀の作家・グリンメルスハウゼンが書いた「放浪の女ぺてん師クラーシェ」にも見られるもので,元となった伝承の歴史が感じられる。さらには「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」で有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンも,のちに「びんの小鬼」で同じ話を扱っている。読み比べてみると,作家性の違いが如実に表れていて興味深いはずだ。
お次は「コウノトリになったカリフの話」などの童話で知られるヴィルヘルム・ハウフの「幽霊船の話」(原題:Die Geschichte von dem Gespensterschiff)だ。題名どおり,永遠にさまよう呪われた船の怪異譚であり,これまで何度も翻訳された作品でもある。
恐らく日本における幽霊船のイメージを構築したであろう記念碑的な小品であり,ひねったプロットが多いこの作品集のなかでは,異彩を放つほどストレートな怪異譚となっている。
その次のアヒム・フォン・アルニムは,先のアルラウネばかりかゴーレムまで登場する奔放かつシュールな内容の幻想譚「エジプトのイサベラ」で知られる作家である。
今回収録の「世襲領主たち」(原題:Die Majoratsherren)は,幻視者である主人公の視点で記述された,読者ですらもどこまで幻想で,どこからが現実なのか分からなくなる一篇となっている。
窓ガラス越しに,通りの向こうの乙女に想いを寄せる心情が,切なくも美しい。そして,またもや登場する死の天使。その美しさと容赦のなさが魅力的な,筆者の一番のお気に入り作品である。
そしてトリを飾るのが,先ほどザリーツェ=コンテッサにからかわれていた,E・T・A・ホフマンだ。チャイコフスキーのバレエの原作になった「くるみ割り人形とねずみの王さま」や,火の精サラマンダーの怪異譚に作者が介入する「黄金の壺」,猫文学の金字塔「ネコのムル君の人生観」など,発想力を生かした楽しい作品が多い作家である。
一作目の「からくり人形」(原題:Die Automate)は,AI全盛期の今でこそ読みたい作品と言える。知性すらないはずの自動人形が,目の前に座った人間に対し,誰も知り得ないはずの秘密をぴたりと言い当て,予言までするカラクリに挑む。
最後の「砂男」(原題:Der Sandmann)もまた,ホフマンの代表作に数えられる名作である。伝承では“眠りの砂”をかけて人々を眠らせてしまう眠りの精ザントマンだが,ホフマン流の酷薄な改編によって,身の毛もよだつ結末が待っている。
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以上,全収録作を起点として,そこから派生して手を延ばしやすい作品を合わせて紹介してみた。久しぶりにさまざまな世界を垣間見られたので,紹介していて楽しかった。機会があれば,次は皆さんが好きな怪異短篇を聞かせていただきたい。そのときは筆者のほうから,あれこれ伺いたいものである。
東京創元社「ドイツロマン派怪奇幻想傑作集」紹介ページ
■■健部伸明(翻訳家,ライター)■■
青森県出身の編集者,翻訳家,ライター,作家。日本アイスランド学会,弘前ペンクラブ,特定非営利活動法人harappa会員。弘前文学学校講師。著書に「メイルドメイデン」「氷の下の記憶」,編著に「幻想世界の住人たち」「幻獣大全」,監修に「ファンタジー&異世界用語事典」「ビジュアル図鑑 ドラゴン」「図解 西洋魔術大全」「幻想悪魔大図鑑」「異種最強王図鑑 天界頂上決戦編」など。ボードゲームの翻訳監修に「アンドールの伝説」「テラフォーミング・マーズ」「グルームヘイヴン」などがある。
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