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女流棋士・北尾まどか氏に聞く,知られざる将棋の世界――どうぶつしょうぎ・賞金・コンピュータ,そしてマインドスポーツまで
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印刷2014/12/27 00:05

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女流棋士・北尾まどか氏に聞く,知られざる将棋の世界――どうぶつしょうぎ・賞金・コンピュータ,そしてマインドスポーツまで

 女流棋士・北尾まどか氏が手がける「どうぶつしょうぎ」が,SPIEL'14のねこまどブースに出展されていた。「どうぶつしょうぎ」といえば将棋初心者の入門用として,また子供向けの知育玩具として多くのメディアで取り上げられ,すでに有名な作品である。同ブースではこの「どうぶつしょうぎ」はもちろんのこと,本将棋も合わせて展示されており,ボードゲームの本場ドイツのゲーマーや子供達に,日本の「伝統ゲーム」の紹介が行われていた。

 棋士としての活動の傍ら,2009年からSPIELへの出展を始め,世界的な将棋の普及に尽力する北尾まどか氏。その裏側にはどんな苦労があり,どんな想いが込められているのだろうか。SPIEL'14の会場で北尾氏に話を聞くことができた。普段関わることの少ない棋士の世界への疑問についても聞いてみたので,興味のある方はぜひご一読いただきたい。

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ねこまど 公式サイト



世界に羽ばたく「どうぶつしょうぎ」


4Gamer:
 お忙しい中お時間をいただき,ありがとうございます。女流棋士である北尾さんがSPIELに参加するようになったそもそものきっかけは,なんだったのでしょうか。

棋士・北尾まどか女流二段
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北尾まどか氏(以下,北尾氏):
 2009年に「どうぶつしょうぎ」のルールを作って,実際に売ってみようと思ったのがその年の末で。この「どうぶつしょうぎ」を使って,将棋を海外で広めたいと考えていたときに,友人を介して「JAPON BRAND」の健部さんを紹介していただいたのがきっかけになります。

※「JAPON BRAND」プロモーターの健部伸明氏。「JAPON BRAND」は日本のボードゲームを世界に発信する目的で活動する団体で,SPIELにもブース出展を行っている。

4Gamer:
 そこでSPIELを知ったわけですか。

北尾氏:
 そうです。そこで健部さんのプッシュもあり,参加してみることにしたんです。あの時はひのきの駒にペタペタとシールを貼って,手作りでしたね。

4Gamer:
 そのときの反響はいかがでしたか。

北尾氏:
 それが,ものすごく人気だったんですよ。正直,そんなに売れるとは思っていなかったので,驚きでした。「どうぶつしょうぎ」って,元々は将棋の基礎を教えるために生まれたものなので,すごく分かりやすいんです。また,言語に依存しないので,海外の人にも説明しやすいんですね。

4Gamer:
 ああ,なるほど。先ほどブースを拝見しましたが,海外のお客さんが熱心にプレイされていましたね。それを見ていて思ったんですが……このゲーム,見た目とは裏腹にすごく難しいゲームじゃないですか?

北尾氏:
 ええ,実は難しいです。小さくても将棋は将棋ですから。見た目が可愛いので,小さな子供達は飛びついてくれるんですけど,本来の対象年齢でいえばずっと上なんです。日本だと親が将棋を知っていることが多いので教えられるんですけど,ヨーロッパだとそうもいかない。

4Gamer:
 しかし,ヨーロッパにもチェスはあるのでは?

北尾氏:
 チェスは取った駒が使えませんから。ルーツが同じなので一見すると同じようなゲームに見えるんですけど,全然違うんですよ。まずそこにビックリされる方が多いですね。

4Gamer:
 ああ,確かに。取った駒が使える事で,何倍にも複雑になりますね。そういえばさっきも,「取った駒を使っていいの?」って,何度も質問されている海外の方がいましたね。

北尾氏:
 海外の人は,取った駒を使うのに抵抗を感じるみたいです。「さっきまで味方だったのに……」みたいな。チェスだと人が戦うイメージなので裏切りが辛いのですが,「どうぶつしょうぎ」の場合は,「New friend!」って言うと,可愛らしいので笑顔で受け入れてもらえます(笑)。王を倒しにいくのではなくて,みんなでライオンさんを捕まえに行こう! というストーリーなんです。


■「どうぶつしょうぎ」とは


 3×4マスの盤面を用いて戦うというミニサイズの将棋。各駒には子供向けに動物の絵が描かれており,「ひよこ(歩)」「ぞう(角行)」「きりん(飛車)」「ライオン(王将)」の4種類の駒を用いて遊ぶ。また関連タイトルとして盤面が5×6マスとなった「ごろごろどうぶつしょうぎ」,本将棋と同じ9×9マスの「おおきな森のどうぶつしょうぎ」がある。

北尾氏と,同じく女流棋士の藤田麻衣子氏の共同デザインによる「どうぶつしょうぎ」。デザインは可愛らしいのだが,初期配置からしてひよこ同士が頭を突き合わせており,ルールを分かった上で見るとセメント感たっぷりである
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 なおヨーロッパではイラストが変更となり,ポーランド版では男の子向けのロボット風イラストに,フランス版である「Yokai no Mori」では,大人向けとして東洋風の妖怪キャラクターに置き換えられている。これはオリジナルの子供向けのイラストに比べて,ゲームの難度が高いため,大人向けのデザインにするべきと発売元に判断されたためとのことだ。

こちらがフランスのFertiから発売された「Yokai no Mori」。Fertiのブースにて
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4Gamer:
 ちょっと脱線するんですが,将棋とチェスの違いって,ほかにもあるんでしょうか。

北尾氏:
 もちろんいろいろあるんですけど,一番は激しさのピークだと思います。チェスは取った駒が使えない代わりに,駒が最初から強いんです。だから早い段階から駒が激しくぶつかり合います。でも局面が進むにつれて駒が減っていくので,終盤は静かになる。

4Gamer:
 ああ,将棋はその反対に……。

北尾氏:
 はい。将棋は取った駒が使えますから,中盤から終盤にかけて激しくなっていきます。一方で,序盤は体制作りが中心になるので,比較的静かです。このスピード感の違いが面白いんですね。

4Gamer:
 北尾さんは「どうぶつしょうぎ」以外にもいくつかのタイトルを発表されていますが,これらについてもご紹介いただけますか。

北尾氏:
 ええ。今年持ってきたのは2013年に金子宙生さんと一緒に作った「ナナホシ」と,今年リリースしたばかりの「ジュウシマツ」です。「ナナホシ」は中国の「暗棋(アンチー)」を元にアレンジを加えたゲームになります。一方の「ジュウシマツ」は,「五目並べ」に得点と運の要素を加えることで,深みと楽しさが加わっているんです。

※中国将棋である「象棋(シャンチー)」の駒を使った別のゲーム。象棋の盤面の半分を使い,象棋の駒を裏返して用いるといった特徴がある。中国や台湾で広く遊ばれている。

4Gamer:
 なるほど。どちらも伝統ゲームにアレンジを加えたものなのですね。

北尾氏:
 伝統的なゲームというのは,シンプルなだけにどうしても地味になりがちな部分があるので,そこに一つアイデアを加えることで,新しさや楽しさを出すようにしているんです。その根本にある気持ちは,日本の子供達にもっと「考える楽しさ」を知ってほしいということなんですけど。

4Gamer:
 というと?

北尾氏:
 これはSPIELに来て強く感じたことなんですが,ヨーロッパはボードゲームに対する意識がとても高いんですよ。とくにドイツでは子供はみんなボードゲームを遊んで育ちますし,家族みんなでゲームを楽しみます。それに比べると,日本はゲームの地位が低いですね。

4Gamer:
 それは我々も感じるところがあります。このSPIELの会場を見回してみても,家族連れのほうが多いくらいですし。日本でも,お正月に家族が集まってかるた取りをしたり,麻雀をしたりなど,ないというわけではありませんけど。

北尾氏:
 そうですね。それでもヨーロッパに比べると,日本の子供達は家族でボードゲームをプレイする機会が圧倒的に少ないんです。日本のゲームマーケットなどを見ていても,子供の姿は少ない。

4Gamer:
 今のゲームマーケットが日本の同人文化に寄り添っている面があるからか,まだどことなくマニアックな雰囲気がありますね。

北尾氏:
 ゲームマーケット自体がまだまだ小さなイベントですし,こういった問題は今後の発展の中で解決される問題なのかもしれません。でもボードゲームって本来はもっと誰もが楽しめるはずだと思います。

4Gamer:
 そのために,子供向けの知育ゲームを作られていると。

北尾氏:
 そうですね。逆にヨーロッパのボードゲームを日本に紹介することで,教育の現場に取り込んでもらえたら,とも思っているんです。子供達に「考える」機会がもっとあるといいな,と。


■「ナナホシ」と「ジュウシマツ」


 北尾氏と金子宙生氏の共作である「ナナホシ」は,本文中でも説明があるように中国の「暗棋(アンチー)」をベースとした2人対戦型のボードゲームだ。裏向き(クローバー柄)にした駒を盤面に並べ,ターン毎に任意の駒を裏返す(テントウムシ柄にする)か,すでに裏返した駒を動かしながらゲームを進めていく。相手のテントウムシを捕ると得点(1〜3点)になり,先に7点集めた方が勝ちとなる。将棋に似た部分もありながら,運の要素が高めになっているのがポイントだという。

「どうぶつしょうぎ」と同じく,テントウムシの絵柄が可愛らしい「ナナホシ」
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 一方「五目並べ」がベースの「ジュウシマツ」は,各駒に1〜4点の数字が割り振られているのがポイントで,縦横斜めのいずれかに先に同色で10点以上の駒を並べたほうが勝ちとなる。こちらも基本的には2人用だが,拡張セットを追加することで5人まで参加可能となる(色違いの基本セットも必要)。なお拡張セットには,すべての色に数えられる「たまご」柄の駒も追加されている。

こちらは「ジュウシマツ」。駒は各色10枚ずつしかないので残りの駒を読むことができ,本気でプレイする場合は確率計算も重要になってくるとか
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 なおドイツのボードゲームメーカー・steffen spieleからは,「ジュウシマツ」から運の要素を極力除いてアブストラクトゲームに近くなった「TEN」が発売予定。来年のSPIEL'15に出展される予定とのことだ。

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知られざる将棋の世界


4Gamer:
 では,少し切り口を変えた質問をさせてください。棋士の世界というのを,我々は漫画などでしか知らないのですが,いったいどんな世界なんでしょうか。具体的には,どうやって収入を得ているのでしょう。給料が出るのですか?

北尾氏:
 現在は,プロが公式戦で対局すると,日本将棋連盟から対局料というものがもらえるようになっています。これがお給料のようなものですね。七大タイトル――竜王,名人,王位,王座,棋王,王将,棋聖などの棋戦があります。1年ほどかけてゆっくり進行するトーナメントやリーグ戦で,それぞれ少しずつ時期がずれているので,いつも何かしらの対局が行われているんですよ。

4Gamer:
 なるほど。トーナメントなら賞金もありますよね?

北尾氏:
 あります。例えば竜王戦だと優勝賞金は4200万円。女流棋士限定の女流棋戦の場合は500万円が最高額ですので,今後はもっと棋戦が増えてほしいなと思っています。

4Gamer:
 その賞金も,将棋連盟から出るのですか?

北尾氏:
 そうですね。七大タイトルは各新聞社が主催しているもので,例えば竜王戦の棋譜は主催する読売新聞に掲載されます。そのためのスポンサード料が新聞社から将棋連盟に入り,それが対局料や賞金になります。

4Gamer:
 そういう仕組みになってるんですね。北尾さんは,どうして棋士を目指されたのですか。勝手な想像ですけど,棋士というと子供の頃からものすごい英才教育を受けていそうなイメージがありますが。

北尾氏:
 実際そうやって棋士になった人が多いです。小学校から将棋ばかりで,気づいたらプロへの道を歩んでいたとか。でも私の場合は違います。実は私,子供の頃は将棋が難しくてよくできなかったんですよ。

4Gamer:
 えっ?

北尾氏:
 ルールは知っていたのですが,どうやって終わらせればいいか分からなくて。だって,取った駒がまた使えるから,例えばそれで王様の回りを埋めてしまったら,永遠に守り続けられるじゃないですか。

4Gamer:
 そ,そういうものですか?

北尾氏:
 将棋って不思議なゲームで,実はお互いに終わらせようとしなければ,絶対に終わらないゲームなんです。囲碁は盤面が埋まっていくので,必ず終わりがきます。チェスも長引くことはあっても,駒が減って守れなくなり,収束に向かいます。でも,将棋はエンドレスなんですね。

「どうぶつしょうぎ」で将棋を解説する北尾まどか氏。ねこまどブースでは「どうぶつしょうぎ」のほか,本将棋の紹介も行われていた。ヨーロッパでは手に入りにくい将棋の駒なども販売していたようだ。ちなみにねこまどとは,将棋の世界普及を目的として設立された北尾氏の会社とのこと
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4Gamer:
 そう言われると,確かに。

北尾氏:
 世の中には積極的に勝ちに行かなくても勝てるゲームもあります。例えば,麻雀の場合,毎回4人中2位であれば,トータルで点数的には勝ちになったりします。でも,将棋は積極的に相手を倒しに行かないと,いつまでも勝てない。子供の頃はその現実が分からなかった。チェスは攻め方がなんとなく分かるけど,将棋は長くて終わりがないなあって。

4Gamer:
 すいません,考えた事もありませんでした(汗)。であれば,なぜ棋士になられたのですか?

北尾氏:
 高校でもう一度,あらためて将棋と出会ったんです。休み時間にいろんなボードゲームがはやって,その中にたまたま将棋があった。ルールは分かるのでやってみたんですけど,違うクラスの女の子に負けてしまいました。まったく考えていなかった手でこられて「ああ,こんな風に先を読むゲームなんだ」って,奥の深さに気づいた。

4Gamer:
 そこで目覚めたわけですか。

北尾氏:
 ええ。家に帰って久しぶりに父に挑戦したら,また負けた。悔しくて入門書を買いに行って,そこからどっぷりとハマりました。周りが進路に悩んで大学受験の勉強を始める頃には,「私,女流棋士になりたい!」って。

4Gamer:
 それは……また随分と思い切りましたね。

北尾氏:
 ただ,そうやって自分で選んだ道だからこそ,「将棋が好き」って自信を持って言えるんだと思います。私にとっての将棋は,誰から押しつけられたものでもなく,ほかならぬ自分で決めた道ですから。

4Gamer:
 その経験が,将棋を普及させるという今の活動にもつながっていると。

北尾氏:
 ええ。私が作っているゲームは,かつての自分が欲しかったものでもあるんです。短時間でプレイできる簡単な将棋があれば,もっと早くに将棋の魅力に気づけたはずで,それが「どうぶつしょうぎ」になりました。「ジュウシマツ」も,子供の頃に五目並べを遊んだ思い出から生まれたわけです。先を直線的に読んで,強い人が必ず勝つのではなく,初心者でも運で勝てたら楽しんじゃないかと。

4Gamer:
 分かりました。少し話がずれますが,近年はプロ棋士の方がコンピュータのAIと戦う電王戦が話題になったりしますが,これについてはどんな感想をお持ちでしょうか。

北尾氏:
 これは私個人の意見ですが,そういった形で将棋に注目が集まること自体は,とても良いことだと思っています。ただ,こういう風に盛り上がることができるのは,そう長くはないでしょう。「今はまだ,コンピュータと戦えている」というだけで。

4Gamer:
 というと?

北尾氏:
 思考ゲームですから,いずれコンピュータが人間の上を行くのは当然なんですよ。ですから,本来は人間が相手をするようなものではない。だって,人間が自動車と駆けっこしたりしないですよね。

4Gamer:
 ああ,なるほど。

北尾氏:
 コンピュータは人間が利用ために生み出されたものであって,戦う相手ではないと思います。例えば「バックギャモン」の世界では,試合内容をコンピュータに入力して,何が最善手だったかを後から解析するといった取り組みが15年以上前から行われています。電王戦が実現するということは,将棋でもやっとそれができる時代が来たということなんです。だから,今後は「将棋の発展にコンピュータをどう役立てるのか」という方向に進んで欲しいですね。

ねこまどブースで見かけた,ドイツ語の将棋入門書「Shogi - Schach der Samurai(将棋:サムライのチェス)」。著者であるStephan Michiels氏はインターネットで将棋の魅力を知り,チェスとは違う将棋の魅力に取り憑かれたという。同書では定跡などの解説はあえて省き,ネット対戦の仕方や将棋ソフトの探し方など,将棋に触れるための方法にページを割いているという
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マインドスポーツとしての将棋


4Gamer:
 ところで,北尾さんご自身は将棋以外のゲームはよく遊ばれるのでしょうか。

北尾氏:
 大好きですね。2人対戦ものが好きで「バトルライン」「クアルト」がお気に入りです。「カタンの開拓者たち」(以下,カタン)や「プエルトリコ」も好きで,ゲーム会にも参加します。結構なゲーマーですね。

4Gamer:
 デジタルゲームはいかがですか。

北尾氏:
 以前はよくやっていました。「ドラゴンクエストVII」なんて,500時間ぐらいプレイしました。ずっと引きこもってコントローラを離さないんです。隅々までやり込むタイプなので,何回も遊んでしまって。凝り性なもので(笑)。

4Gamer:
 ああ,分かります(笑)。北尾さん以外の棋士の方はどうでしょうか。将棋以外のゲームを遊ばれる方は多いのでしょうか。

北尾氏:
 ええ,皆さんお好きですね。「バックギャモン」や「チェス」が好きな方が多くて,羽生先生はチェスもお強いです。伝統的なゲームだけでなく「ブラフ」とか「カタン」とかをされる方も多いですよ。今,竜王戦を戦っておられる糸谷さんは,「マジック:ザ・ギャザリング」の大会にも参加されていますし。

※糸谷哲郎八段。インタビュー収録後の12月3,4日に開催された七番勝負第5局にて森内俊之竜王を下し,第27期竜王位を獲得した。「マジック:ザ・ギャザリング」のプレイヤーとしても有名で,2010年の日本選手権でベスト10に入ったこともある。

4Gamer:
 海外でも,ポーカーやチェスのプロ選手が「マジック:ザ・ギャザリング」の大会で活躍する例は少なくないようです。やはり対戦型の思考ゲームである以上,共通する部分があるのでしょうか。北尾さんご自身はいかがですか?

北尾氏:
 私の場合は交渉系がちょっと苦手なんですけど,先読みの要素あるものはやっぱり得意ですね。「バトルライン」は大好きですし,強いと思います。9列あるところが将棋っぽいです。「バックギャモン」とかも好きだし,サイコロ運も悪い方ではないけど……やっぱり考えるゲームのほうが得意ですね。

4Gamer:
 やっぱり棋士の方って,頭の回転が早いのでしょうか。

北尾氏:
 うーん,どうなんでしょう(笑)。でも棋士の中にも色々なタイプがいて,理詰めで強い人もいれば,勝負勘に長けた人もいます。どちらかと言えば,私は後者ですね。

4Gamer:
 将棋って,運の要素はほとんどないゲームですよね。

北尾氏:
 将棋は完全情報ゲームですし,運の要素は一切ないですね。

※意思決定の場面において,その局面に至るまでの情報(将棋で言えば指し手)がすべて開示されているゲームのこと。より踏み込んだ定義では,将棋は2人対戦型(二人零和)で先読みが可能(有限),かつ運の要素が入り込まない(確定)ことから,「二人零和有限確定完全情報ゲーム」と分類される。

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4Gamer:
 では,同じタイミングで同じ人と対戦すれば,かならず強い方が勝つのですか。

北尾氏:
 そうとも言い切れません。その時の体調もありますし,長期戦で指し間違えることもある。何より対戦相手が決まれば研究しますし,お互いにデータを見て作戦を練りますから。

4Gamer:
 相手の得意な戦術に対して,対抗する戦術を被せるわけですね。

北尾氏:
 ええ。自分の得意形に持ち込むように誘導することもあるし,あえてがっぷり正面から当たる人もいます。私は色々挑戦してみたいタイプなので,強い相手であればこそ,色々試すようにしています。

4Gamer:
 なるほど。お話をお聞きしていると,やっぱり将棋には,マインドスポーツの先達として,見習うべきところが多いように感じました。デジタルゲームの世界でも,近年はe-Sportといって競技として盛り上げていこうという機運があるのですが,これがなかなか難しい。

北尾氏:
 e-Sportも海外ではかなり人気なのでは?

4Gamer:
 RTSやMOBAといったジャンルでは,かなり盛り上がりを見せているようです。「Dota 2」というタイトルでは,賞金総額が10億円を越えるような大会もあったとか。

北尾氏:
 そこなんですよ。それだけの賞金が出れば一生懸命やるし,外から見ても評価されやすいじゃないですか。日本ではテレビゲーム=悪という風潮がありますよね。そう一概に決めつけなくても,と思うんですけれど。どんな世界でも,頂点を極めるのは素晴らしい。

4Gamer:
 やっぱり賞金が大事なのでしょうか。

北尾氏:
 それは評価基準として大きいと思います。将棋や囲碁なら「勝負師って凄いね」と言ってもらえるのに,ほかのゲームだとそうならない。やはり「プロ」という肩書きや,それで収入を得ていることが重要だと思います。例えば,先日行われた「カタン」の世界大会では,日本人選手が2位でしたけど,あまり話題になりませんよね。

※SPIEL'14直前の10月10〜13日にベルリンにて開催された世界大会。日本代表として参加した松本吉高氏が準優勝となった。

4Gamer:
 「ドミニオン」でも日本のプレイヤーはかなり強いですよね。明日決勝が行われる「カルカソンヌ」の世界大会にも,日本からの参加者が残っていると聞きます。

※このインタビューの翌日(10月19日)にSPIEL'14会場にて行われた第9回カルカソンヌ世界選手権。日本代表の望月隆史氏が見事優勝を果たした。

北尾氏:
 友人に木原君というポーカーのプロがいますが,日本ではまだポーカー自体の認知度が低いので,彼の実績も日本ではあまり知られていません。「バックギャモン」の世界大会で,今年は矢澤亜希子さんが優勝したけど,なかなか注目されませんね。

※木原直哉氏。東京大学在学中,将棋部に所属しながらバックギャモンのプレイヤーとして活躍。卒業後,ポーカーのプロプレイヤーとなり,2012年のポーカー世界選手権「ポット・リミット・オマハ・シックス・ハンデッド」では,日本人として初の優勝を果たしている。

※毎年モンテカルロで行われている「世界バックギャモン選手権」。2014年大会は矢澤亜希子さんが優勝し,日本人で3人目の世界選手権覇者となった。同大会では日本人が毎年上位入賞を果たしており,日本は世界トップクラスの実力国といって過言ではない。


4Gamer:
 ああ,日本のゲーマーの実力は,本当にすごいのに。

北尾氏:
 スポーツ選手は有名になるのに,どうしてプロのゲームプレイヤーが評価されないんだろうって,ずっと思っていたんです。そうした頭脳戦で真剣に勝負する人達の存在を,日本の皆が知って応援する環境になるといいですよね。

4Gamer:
 確かにおっしゃるとおりです。我々メディアとしてもそうあるべきで,耳の痛いお話でもあります。話題はまだまだ尽きないのですが,そろそろお時間のようです。機会がありましたら,ぜひまたお話をうかがわせてください。

北尾氏:
 ええ,もちろんです。

4Gamer:
 将棋はもちろん,多くのマインドスポーツにとって2015年がより良き年になるよう,少しでもお手伝いさせていただければと思います。本日はありがとうございました。

北尾氏と「Shogi - Schach der Samurai」の著者であるStephan Michiels氏(写真左)。世界各地での将棋事情について伺ったところ,最近は少しずつ国際化が進んでいるという。とくに「81Dojo」のようなネット対戦サービスの多言語対応によって,多くの海外プレイヤーが参加。ドイツにもフランクフルトに将棋クラブがあるのだとか。日本人以外のプロ棋士が誕生するのも,そう遠くないかもしれない
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