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連載
ゲーマーのための読書案内 / 第52回:マネー・ボール
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『マネー・ボール』
著者:マイケル・ルイス
版元:ランダムハウス講談社
発行:2006年3月(初訳は2004年3月)
価格:798円(税込)
ISBN:978-4270100288
いきなり私事から入るが,筆者は無名時代の鈴木一朗(のちのイチロー)を二軍球場で見て,その肩と足に度肝を抜かれたことがある。興奮気味に友人に連絡すると,その友人は平然と,
友:「ウムまさにそうだろう」
私:「あれおまえ鈴木見たことあったっけ」
友:「いっぺんも見とらんがデータは見た。実のところおまえが見た鈴木ちゅうのは,いまのウェスタン首位打者で盗塁王で捕殺数がこうで刺殺数がこう。俊足強肩巧打とまさに土井監督好みの選手じゃ。しかも背番号は福良の51。となれば球団がこれを最初から買うとったとしてもおかしくはなかろう」
筆者ちょっとしゃくにさわり,
私:「うるさいやい実地に見たおれのほうが確かなんだい」
と言うと,友人はからからと笑った。
さて,この友人が営々と収集した情報は,明らかに世の中で何の役にも立っていないのだが,同様の情報を世の中の役に立てた人間も,世界にはいたのである。
アメリカ大リーグにアスレチックスという球団があって,ここは現在,相当安い総年俸で相当強いチームになっている。その秘訣はどこにあるのかを探ったのが本書『マネー・ボール』であり,全米でベストセラーになった傑作だ。
この地球上でベストセラーになるスポーツ書には,大きく分けて3種類あるように思う。つまりノスタルジーかスキャンダルかビジネス書である。本書はスキャンダリズムとは無縁で,ノスタルジーはむしろ積極的に否定する。そこに残るのはビジネスモデルとしての野球である。貧乏球団アスレチックスが,いかに限られた予算で良い選手を獲得し,チームを整備してシーズンを勝ちぬくか。その処方は,本書によれば大略こうである。
- 野球は,出塁率100%の選手を揃えれば無限に点の取れるゲームである。野手を選ぶにあたっては,何よりも出塁率を重視する。次いで長打率。守備や走塁は,残念だが大量点が当り前の現代野球では二の次にせざるを得ない。
- 投手の防御率はバックの守備能力や運不運によるところが大きい。したがって投手を見るには防御率よりも奪三振率,与四死球率,被本塁打率,ゴロを打たせる率を重視する。
- スカウトの勘よりもデータを重視する。スカウトはいつでも夢を見る生き物だからである。
- ドラフトでは,あてにならぬ「将来性」よりも即戦力を優先する。
この戦略によってアスレチックスは(少なくとも,運よりも実力が物を言うレギュラーシーズンに限っては)例年好成績を収めてきた。このチームの選手分析法の元になっているのは,ちょっと昔,単なる野球ファンが自費出版した本。そしてこの本に始まった戦略を活用し,フロント陣の中核となっているのがゼネラルマネージャーのビリー・ビーン。選手としてはついに芽が出なかった男である。彼は鉄の意志をもってチームを統括しており,選手や監督(ケン・モッカ)やスカウト(マット・キーオら)はそのコマにすぎぬ。
……というのが本書のあらすじ。まあこのような挑発的な題材を挑発的な書き口で書いてあるものと思っていただきたい。その述べるところ,たいそう面白いしもっともなのだが,このビジネスモデルに冷や水をぶっかける素人が,さらに存在するから面白い。
洋書なのでリンクは貼らないが『Faithful』(直訳:信仰篤き者)という本があって,これも全米ベストセラー。どういう本かというとスチュアート・オナンとスティーヴン・キングという,ボストン・レッドソックスファンの有名作家が,二人で交換日記をやってボヤき続け,そこらの酔っ払いと何ら変わらぬ醜態を全米にさらすというシロモノなのだが,人生をムダに野球見物に使ってきた連中ならではの明察も,随所にあったりなかったりするのだ。その一節,レギュラーシーズンでヤンキースの後塵を拝したときの日記にいわく(以下フィーリングで訳しているので,字句の正確さはまったく信用しないでください),
「アスレチックス流の出塁率万能主義は,この戦略をとるのがアスレチックス一球団だけだったときには有効に働いた。しかるに二球団以上,具体的に言えばアスレチックスと我がレッドソックスが同一戦略をとって,似たような選手を高値でセリ落し始めると話は別。そのときはヤンキース流の『左の大砲万歳主義』や,エンゼルス流のスモールボールにしてやられることになりかねないのだッ」
うむ。これももっともだ。例えばTCG(トレーディングカードゲーム)の世界でよく言われる言葉に「メタゲーミング」というのがある。これはおおざっぱに言うと「今回の大会ではたぶんこれこれこういうふうなデッキを組んでこれこれこういうふうな戦略でやってくる奴が多かろう。ということは逆に,これこれこういうふうな戦略で臨めばいいとこまでいけるハズだ」という思考のこと。TCGだけでなく対人ゲームにおいては往々にして有効な処方といえよう。そしてそうである以上,対人ゲームであるビジネスの世界でも有効な思考となるのは,むしろ当然なのだった。
これは,本書に対する一つのもっともな反論の例だが,ほかにも本書に対しては,無数のもっともな反論があり得るだろう。しかしそれは本書の価値を低めるものではなく,むしろ高めるものであるように思う。少なくとも本書が「スポーツやスポーツビジネス(やスポーツゲーム)といったものは,実にさまざまな意味でゲームなのだ」ということを教えてくれるのは間違いない。
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そう,つまり典型的な「合成の誤謬」です。
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