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日本ボードゲーム界の父,鈴木銀一郎氏が語る「ハーツ オブ アイアンII」のやめられない魅力
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印刷2008/01/09 20:13

インタビュー

画像集#021のサムネイル/日本ボードゲーム界の父,鈴木銀一郎氏が語る「ハーツ オブ アイアンII」のやめられない魅力

ゲームデザイナー 鈴木銀一郎氏
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 このページをあえて開く人に,いまさら鈴木銀一郎とはいかなる人物かを説く必要はないのかもしれない。1980年代には「レック・カンパニー」でエポックのウォーゲームの数々を手がけ,日本のボードストラテジーゲーム業界を拓いたことは,古参のストラテジーゲーマーには周知の話題だろう。また,翔企画では手軽なウォーゲームを手がけたほか,1980年代末頃にはファンタジーカードゲーム「モンスターメーカー」シリーズを世に送り出して,折からのカードゲームブームの一翼を担った。
 近年はフリーのゲームデザイナーとして活躍し,「生涯一ゲーマー」を標榜してさまざまなゲームを精力的にプレイするとともに,最近までゲーム開発の専門学校Digital Entertainment Academyに講座を持ち,後進の育成にも努めてきた。コンピュータゲームとの関わりは,密ではなかったにせよ常に保ってきた人である。

 そんな日本ゲーム界の大御所に,徳岡正肇氏の当サイトにおける連載をベースにした書籍『この世界大戦がすごい!! ハーツ オブ アイアンIIプレイレポート』では,コラムの寄稿をお願いした。もともとボードゲームも扱っていたParadox Entertainmentの,いまや代表作ともいえる「ハーツ オブ アイアンII」であればこそ,ボードストラテジーゲームに関わり,支えてきた人がこの作品をどう捉え,どう楽しんでいるかを紹介することは,連載の趣旨――「歴史とゲームはこんなふうにも遊べる」というアイデアに合致すると,関係者一同考えたのだ。
 そして後で出てくるように,コラム執筆依頼から1か月半ほどの間,氏はこのゲームにハマって,毎日10時間以上プレイを重ねたのだという。つまりこれは,ボードストラテジーゲーム界にその人ありといわれる鈴木銀一郎氏が,「ハーツ オブ アイアンII」をどのように評価したかを聞ける,たいへん貴重な機会だったりするわけだ。

 そこで,氏独特のゲームデザイン論を踏まえたインタビューを,連載記事の執筆者である徳岡正肇氏を交えて行った。その談話は図らずも,ボードゲーム業界とコンピュータゲーム業界の間にある,ある種の断絶と,その克服についての話題ともなる。


「シンガポール陥落の提灯行列を見た憶えがあるなあ」


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4Gamer:
 じゃあ,そろそろ始めましょうか。(書籍『この世界大戦がすごい!!』平野耕太氏の挿絵を見ながら)「一番もえるのはオランダプレイ」ってあるわけですが,オランダにプレイがあるかというあたりから,説き起こさないといけない感じですかね?

鈴木銀一郎氏:(笑)

徳岡正肇氏:
 そう,あとトルコの名が挙がっていますけれど,ケマル・パシャの死から入るのはどうなんでしょう? まあ,ゲーム内の立地的には,いろいろ遊べるんですけど(苦笑)。

4Gamer:
 というか「トルコ」と言われて,二言目に「バクー油田が近い」と返すのも,およそ健全な世界観ではないですね。ゲーム世界における石油産出総量のおよそ3分の1は,一応視界に入っている。

徳岡正肇氏:
 まあ,2分の1をアメリカ1国が押さえているという事実は,この際置いておくとして。

4Gamer:
 平野さんの書くとおり「存在自体がチート」なのかなあ,アメリカ……。

鈴木銀一郎氏:
 私は日本プレイヤーですからね,希少資源がなくなると,トルコに話を持っていきますよ。1936年から始めると,すぐに希少資源が尽きるので,商社員はすぐさまトルコへ走ってるんでしょうね。

日本でのプレイ開始画面と,ノモンハン事変イベント。こうしたイベントへの対処に,それぞれのプレイヤーの思惑が込められる
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4Gamer:
 日本だとすると,ゴムだの錫だのですね,きっと。このゲームが始まってちょっと,つまり日中戦争下の総動員体制から,太平洋戦争に向かう軍拡のなかで,あらゆる資源がみるみる不足し出す日本というのも,最近まとまった研究が世に出てきていますし。

鈴木銀一郎氏:
 太平洋戦争が始まるあたりというと,提灯行列を見た憶えがあるなあ。あれはシンガポール陥落だったかな?

4Gamer:
 シンガポール陥落! だとすると1942年初頭ですね。提灯行列はもっと後かな? そのご記憶がありますか……。

鈴木銀一郎氏:
 ええ,1934年の生まれですから。当時小学1年生くらいなので,さすがにそんなにはっきりした記憶ではないですけどね……。
 それと,強烈に憶えている出来事は1945年に入ってからかなあ。だいたい1年くらいの間に,敵の潜水艦を6隻沈めたという発表があって。子供心にも「たった6隻かよ,新聞に出るようなことか?」と思った憶えがあります。よっぽど仕方ない状況なんだろうなあと。誇らしげに6隻……。

4Gamer:
 いやまあ,きっと当事者としてはかなり頑張った成果なんでしょうけど……。

徳岡正肇氏:
 当時の米軍潜水艦の出没海域を考えるに,海に出りゃいるという状態だったはずなんですが。

鈴木銀一郎氏:
 そう,そういう話は公式な報道に出なくても聞いているものなので。……こりゃもうダメだなと。

徳岡正肇氏:
 そもそも最初から,日米双方にとって戦争の持つ意味が違ったという気がしますよね。仮にミッドウェイ海戦で日本が勝っていたとしても,どこかで次の“ミッドウェイ”が来るだけというか。

4Gamer:
 7回目くらいの“ミッドウェイ”で負ければ,そこでやっぱり日本はおしまいなのに対して,アメリカは粛々と8回目の準備を始めればよいというのがねえ。

鈴木銀一郎氏:
 私が作ったボードゲーム「日本機動部隊」でも,第二次ソロモン海戦以前しか取り上げていません。それ以降はどう見ても勝ち目がなかった。だいたいパイロット育成の規模と方針からして,比較にならなかったし。

4Gamer:
 ……いやその,そういう二重の当事者性からゲームの話に入っていくとは,さすがに想像していませんでした(笑)。


「では重大なことなので,時計を合わせます」


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鈴木銀一郎氏:
 徳岡さんにコラム原稿を頼まれてから,1か月半くらい,毎日10時間くらいプレイしてましたよ。

4Gamer:
 ああ。お噂は本当だったのですね。

鈴木銀一郎氏:
 その間全然仕事してなかったです。頼まれたコラムを書いただけ(笑)。

一同:(笑)

徳岡正肇氏:
 ありがたいことに,初日からたいへんな入れ込みようで。ここ(タナトス6)に朝9時くらいにいらっしゃって,その日は結局夜9時くらいまで。日本で平和プレイを目指すという方針でしたよね。

鈴木銀一郎氏:
 最初にそれを試してみたら,突然ソ連に攻め込まれて。

4Gamer:
 ……実にこのゲームっぽいですね。

鈴木銀一郎氏:
 そんなタイミングで今度は国民党中国に宣戦布告されて。さすがに「コノヤロウ!」と。で,反撃するとすぐに和平を申し入れてくる。ところがこれが尊大な条件で,負けてるのにプロヴィンス一つよこせとか。

徳岡正肇氏:
 たいがい,飲む価値のない話を出してきます。

鈴木銀一郎氏:
 そこをぐっとこらえて,最初は飲んであげたわけです。「原状に戻す」という条件で。ところが少しすると,また攻めて来る。こうなると,もう戦争せざるを得ないな,と。

4Gamer:
 きっと,土肥原とか秦徳純とかいう人達が,話し合っているうちに現場で何か起きちゃってるんですよ。

徳岡正肇氏:
 極東の外交情勢は「複雑怪奇」ですからね,あのゲーム。

4Gamer:
 ヨーロッパほど気を使ってないのは確かですね。

鈴木銀一郎氏:
 この本や連載記事に出ているようなプレイの仕方を,私はほとんどしていないんですよ。アメリカと同盟っていうのは最初のときにやってみたんですが,それ以降,それは私の中では反則ということで(笑)。
 なのでいたって普通に,例えば日本がソ連に宣戦布告したらどうなるか,とか。日本の国力を充実させてから,ちょっと遅めの1943年頃に仕掛けてみたんですが,これだとドイツが先に倒れてしまう。

4Gamer:
 悩ましいところですよね。

鈴木銀一郎氏:
 じゃあ,1942年に宣戦しなければならんか,と。何月までに仕掛けると決め,それに向かって態勢を整える。これがなかなか面白いよね。その期日に全部隊に命令を出し,時計を動かし始めて最初の報告を待つときといったら。
 この面白さは,久しぶりに「おお」と思ったねえ。

4Gamer:
 決めたスケジュールと,刻々と進む事態が,そのままつながっているというのはコンピュータならではかもしれませんね。

鈴木銀一郎氏:
 そう,戦争準備の段階からね。私は国力を充実させて,中戦車師団も4個くらい連れていきたかったから,1942年3月には間に合わないのね。じゃあ8月ならどうか。8月までに部隊を整えて配置し,9月1日を期して開戦だと。
 航空部隊や艦隊も含めて,一斉に命令を出していくときの気分は,もうなんとも言えないね。

徳岡正肇氏:
 独特の気分がありますよね。

鈴木銀一郎氏が制作に参加したエポックのボードゲーム「マレー電撃戦」のパッケージ。もっとも,マレー半島では自転車に乗った歩兵による急進撃がポイントだったのだが
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鈴木銀一郎氏:
 ウラジオストックから上陸して,電撃戦を展開するわけです。最初にもたつくと,ヨーロッパ方面から転用された敵部隊が間に合ってしまう。それを防ぐには素早く進撃するほかない。じゃあ,どうするか? そんな風にして,作戦計画を練っていたわけです。

4Gamer:
 いついつまでに,この線まで進出しなきゃ,みたいな。

鈴木銀一郎氏:
 そうそう。あっと驚くような作戦をとっているわけじゃないんだけど,スケジューリングの面白さだよね。ここは△月までに片付けて,全軍を西へ,とか。ウォーゲーム本来の面白さというべきか。

徳岡正肇氏:
 私が最初に「ハーツ オブ アイアンII」(以下,HoI2)に触ったときは体験版だったのですが,部隊の攻撃開始時刻を設定できる段階で,ワクワクしましたね。いや,本当に純粋に。

鈴木銀一郎氏:
 そうそう(笑)。

4Gamer:
 例えば盧溝橋事件の史実で,現地部隊の一木少佐が(牟田口)司令の指示を仰ぎ,「それでは重大なことですから,時計を合わせます」と返答していますね。彼らは,これからやろうとしていることの意味を十分に理解していたからこそ,そういうやり取りになったわけですが,まさしくそれを追体験できちゃうというか。

徳岡正肇氏:
 何か月か先まで入力できますから,作戦初動の1日後,2日後とかまで計画できることを知ったときは,すごいなと思いました。……まあ,実際に使うことはないんですけどね(笑)。
 HoI2にどこか1点手を入れるとしたら,画面表示を1日に1回しか更新しないようにするとよいのではないかと。事前計画の意義がすごく引き立ちますから。まあ,一般受けはしないと思いますが。

4Gamer:
 司令部視点というわけですか。そりゃ深い意見だ。

鈴木銀一郎氏:
 原稿を書き上げたところまでで,かれこれ500時間ぐらいプレイしたことになるかなあ。

徳岡正肇氏:
 そうなりますよね。

鈴木銀一郎氏:
 それでも,「今度はこれを使ってこうやろう」というアイデアが,どんどん出てくるんだよね。

徳岡正肇氏:
 もう,止まらないんですよね。

鈴木銀一郎氏:
 そう,止まらない。自分の国の軍隊に限っても,まだゲームの全体像を掴みかねていた頃こそ指揮官はお任せでやっていたけど,そこもいじってみたいよね,とはずっと思っていた。いまじゃあ,かなりこだわって指揮官も選んでるよ(笑)。指揮官の能力も,これがけっこう効いてきたりするからね。

徳岡正肇氏:
 確かにソ連やってるときに,ジューコフが大粛清で死んでいたりすると,影響甚大です。ええ。

鈴木銀一郎氏:
 あるとき,“ウラジオストック・ポケット”にジューコフがいたことがあって,「しめしめ」みたいな。

4Gamer:
 これで勝った,とか。敵部隊を倒すよりおいしいという。

徳岡正肇氏:
 まあ,指揮官戦死フラグは甘いですから,そうそううまくいくとも限らないですけどね(笑)。ただ少なくとも,ほかの戦線で大暴れされる危険はないですから。

4Gamer:
 ……しかし,ソ連と戦うとなると,国力充実期にかなりの量の石油や希少資源を溜め込まないといけないですよね?

鈴木銀一郎氏:
 そう。それで最近,あまり戦車師団を作らないようにしてる。戦車師団をごっそり作っていると,途中で石油がなくなるからね。

徳岡正肇氏:
 アメリカと戦争さえしていなければ,ベネズエラとか買い付け先があるにはあるんですけど。

鈴木銀一郎氏:
 そう,なんだかんだで買い付け先はある。外交欄で急いで探して,好感度がプラスの国を相手に,物資と石油を交換する。

徳岡正肇氏:
 石油を気にせず軍隊を動かせるのは,それこそアメリカくらいなもんですしね。


「数値よりも,錬度や士気,指揮官の能力などが重要」


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鈴木銀一郎氏:
 コラムにも書いたけれど,世界中から物資を買い付けに来てくれれば,石油もいっぱい溜まる。平和プレイをメインにやっていたころは,ドイツに無償で物資や石油を渡したのね。

4Gamer:
 だいぶカッコ付きの「平和主義」ですね(笑)。

鈴木銀一郎氏:
 物資は5万単位,石油も3万単位くらい送ってやったんだけど,その割にドイツは感謝しないんだよね(笑)。「これだけ送ってやってるのに,もうやめだ」とか思ったりして。

徳岡正肇氏:
 おまけに,そうしたからといってドイツが勝つわけじゃないんですよね。何より先に,人的資源が尽きちゃうので。

鈴木銀一郎氏:
 そうそう。

徳岡正肇氏:
 でもこれが,当事者になっちゃうと分からない。ドイツをやると,ソ連の物資が尽きるように見えないし,ソ連でやると,ドイツの人的資源が枯渇してることが分からない。

鈴木銀一郎氏:
 そのへん,なかなか勝てないあたりが,普通のゲームソフトと違っていいんだよね。このくらいやってれば,どうやったら勝てるかくらい,だいたい見つけているもんなんだけど,これがまた。

4Gamer:
 ボードゲームというのはどうしても,俯瞰的というか,全体の枠組みをまず見せることで成り立つところがありますよね。それに対してコンピュータは……

鈴木銀一郎氏:
 見えないところがありますね。そこがまたリアルな感じを作っている。ボードだと,いずれどんな援軍が出てくるかとか,みんな分かっているわけだけど,コンピュータはそうじゃないから。

4Gamer:
 この奥から,あとどのくらいのドイツ兵が現れるか分からない,というか。

鈴木銀一郎氏:
 そう,いつ予想外のことが起きるか分からない。

徳岡正肇氏:
 その予想外のことが,絶妙なところで起きてくれるのも,なんともいえないところですね。始めはどうってことないと思っていたのに,2年くらいプレイを進めてみたら,「ああ,あのときのあれで……」とか,ターニングポイントの存在に気付かされる。例えばドイツの場合,それが序盤の小競り合いでムダに兵役人口をすり減らしたことを悔やむという形で現れる……。

4Gamer:
 逆に史実の日本において,満州侵略と日中戦争が一つの口減らし政策であったということを考えると,いろいろやりきれませんね。次男坊,三男坊と軍隊。下士志願とか。

鈴木銀一郎氏:
 そういう考えは,当時実際にありましたよ。

4Gamer:
 特攻隊の志願者から跡取り息子が除外されているらしい話とか。文書に残るような公的な話ではない可能性が高いですが。

鈴木銀一郎氏:
 少なくとも,個別に配慮した指揮官は大勢いたと思います。

徳岡正肇氏:
 HoI2で兵役資源を構成する「労働力」の数値は,おおざっぱに見て先進国ほど少なくなっていて,必ずしも実人口を反映してはいないんですよ。大恐慌に発する不景気が直撃した,日本やイタリアでは,逆に労働力が潤沢というあたりが,一つの見識なのかなあと。

鈴木銀一郎氏:
 賛成する,しないは別として,このゲームにはいろいろな見識が示されていて,プレイが興味深いよね。「これは違うでしょ」というところも一部あるけど,それも一つの見識というか,それがちゃんとあるのが分かる。

4Gamer:
 お,いかにもゲームデザイン論の話題ですね(笑)。

鈴木銀一郎氏:
 そうした見識の一つとして,私が最も高く評価しているのが,兵器だけ強くしてもダメなところです。軍事ドクトリンもきちんと強化しないといけない。

イタリア軍で「火力重視」のドクトリンを破棄し,電撃戦方向に切り替えた結果。しかし強力な戦車がないと,ただの滲透戦術ではないかという気もする
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徳岡正肇氏:
 それとセットになりますが,軍事ユニットの性能に細かな国別の違いなんか要らない,というのもすごいですよね。

鈴木銀一郎氏:
 そう,それもまさしく評価すべき見識です。どこの国の兵器でも,それに見合う研究を積んだ末に開発されているんだから,逆に出来上がりの違いじゃなくて,研究の進展度でいいじゃないという。

徳岡正肇氏:
 ドクトリンは連合と枢軸,それぞれの陣営と構成国の相性にも響いてきて,そこも興味深いです。アメリカが参戦することで,連合国は兵力に恵まれるようになりますが,米陸軍のドクトリンは他国のものとかなり違うので,戦術研究のうえではあまり協力関係がとれないとか。
 それに対して空軍はドクトリンが排他的な枝分かれをしていないし,海軍は枝分かれがあるものの,分かれた先での共通項も多いので,アメリカが入った時点で磐石になる。
 日・独・伊は,すべて陸戦ドクトリンが違うので,全然協力しあえない。

4Gamer:
 日本陸軍には機甲戦術なんか使えない,と。

徳岡正肇氏:
 ドイツから新型戦車の青写真が来て,日本からは山岳歩兵とかの青写真が行って……とかしても,互いにあまりうまみがない。石油がたっぷりある場合に嬉しいユニットと,ないときに嬉しいユニットの青写真が揃ってもねえ。

4Gamer:
 ドクトリンは国ごとの軍隊の性格を表しているので,これはいかにも特殊ルールで済ませちゃいそうなあたりじゃないですか?

鈴木銀一郎氏:
 うんうん。

4Gamer:
 ところがそうせず,すべての要素を集めて体系を作り,すべての国がそのなかで進化ルートを選べるようにした。日本兵のような戦い方をするイタリア兵というのがゲーム上あり得るわけで,これはすごい発想かも,と。
 「史実は選択肢の一つにすぎない」という,シミュレーションゲームが踏まえていなければならない大命題を,戦術要素としても形にしているわけですよね。

鈴木銀一郎氏:
 ええ,そう思いますね。ボードシミュレーションのデザインでもデータ派と,そうでない派があったわけで,私はデータ派ではなかった。リサーチ上の数値よりも,錬度や士気,指揮官の能力などが重要ではないかと。結果としてどちらが勝ったかから帰納的に考えつつデザインしていたわけです。
 それに対してデータ派の考え方は,この戦車とこの戦車が戦ったら,射程がこうで装甲厚がああだからとか,この飛行機の航続距離はこのくらいだから,といった数値を基礎に据える。
 でも,実際に航空部隊が航続距離ぎりぎりの作戦をとることなんて少ないわけです。実戦では予定外の危険も多いですから,なるべく余裕を持って戦いたい。それを見積もれるのが指揮官の能力だし,各搭乗員の錬度ではないかなあと。

4Gamer:
 銀一郎先生流のゲームデザイン論から見ても,そうしたソフトウェア面の差別化は注目に値すると。

鈴木銀一郎氏:
 そう。ドクトリンルールで再現されているのは,そういった側面だと思うんだよね。

陸海空いずれの兵器/部隊も,このように汎用カテゴリーで処理されている。国ごとの違いはとくにない
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4Gamer:
 それをプレイヤーが選んで作り出せるというあたりも,ゲームコンセプトとしては重要ですよね。

鈴木銀一郎氏:
 そうそう,そのとおり。

徳岡正肇氏:
 銀一郎先生のプレイ環境では最初,なぜか「政体スライダー」が動かせないという不具合があったんですけども……

鈴木銀一郎氏:
 新しいバージョンを買っちゃいましたよ。それでいまは問題なく動いてます。

徳岡正肇氏:
 いよいよ国策レベルでソフトウェア面による差別化が使えるわけですね。先ほどの労働力数値の話ともつながりますが,全体の国策と軍隊の強さ,損耗補充の難易度なども,つながっていますからねえ。

4Gamer:
 同じ能力のユニットでも,そうしたいくつもの係数の影響で実際に発揮できる能力が変わってくると。

鈴木銀一郎氏:
 だから,ユニット自体に能力差がなくても,私は不自然には感じませんでしたね。


「部隊行動ができるAI」が理想


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鈴木銀一郎氏:
 話をまた具体的な局面に戻しますが,ソ連と1942年に開戦するに当たって,一番最初の頃は1943年式歩兵に第6レベルの野砲を付け,第4レベルの戦車に第3レベルの重戦車を付けて臨んでいたんですよ。

徳岡正肇氏:
 そ,それは石油をドカ食いしませんか?

鈴木銀一郎氏:
 そう,ドカ食い。だからそこから軍の編成を改良しなきゃいけない。結局,いまでは山岳歩兵を中心にした軍隊を編成するようになった。主戦域が山岳地帯だし,山岳歩兵は冬期戦闘にも強いからね。でもまだまだ改良の余地はあると思ってます。最近だと空軍の使い方もだいぶ分かってきたし。
 1か月以上日本をやり込んで,まだ課題山積なわけだから,これでほかの国があることを考えると,どれだけ楽しめるかなと。

4Gamer:
 ほかの国はまだあまり触っていらっしゃらないですか?

鈴木銀一郎氏:
 アメリカをちょっとだけやってみたくらいかな。国土が広すぎて,一人で扱うにはちょっと面倒だなあと。

徳岡正肇氏:
 このゲーム,ドイツは意外に飽きが早いかもしれませんが,イタリアは実においしいポジションにいると思います。ヨーロッパに殴りこんだ日本みたいなもの,というか。

4Gamer:
 別に北アフリカを攻めなきゃいけないわけじゃないですしね。実際北アフリカ戦線に価値があったかというと……。

鈴木銀一郎氏:
 いやあ,ないでしょ(笑)。

徳岡正肇氏:
 このゲームでスエズを突破すれば,中東諸国が枢軸に寝返りますから,意味があるといえばあるのですが,そもそもイタリアがそんな偉業を成し遂げられるくらいなら,その力を別の方面に向けたほうが有意義でしょうし。

4Gamer:
 銀一郎先生は,戦線の流動性を主題に,北アフリカ戦のゲーム(編注:「ロンメルアフリカ軍団」)を作っていますよね?

鈴木銀一郎氏:
 まあでも戦略全体でいえば,ヒトラーの(編注:北アフリカに入れ込むべきでないという)見解が正しかったということだろうね。当時のイタリアに戦略眼がなかったというか。

徳岡正肇氏:
 このゲームの連合軍は連合軍で,めったに地中海方面からイタリアを攻めたりしませんから,史実のアメリカも,やっぱり同盟国イギリスのために無駄骨を折らされた気がします。ウェーデマイヤー中将の言ったとおりじゃん,というか。

4Gamer:
 いずれにせよ,ゲームへの理解が深まるにつれて,手を加える場所が増えるというのも,コンピュータゲーム的といえるかもしれませんね。で,手を加えた成果でまたまた別のことが可能になっていく……。物事の進んだ先でどんどん論点が生じ,プレイヤーの介在度が上がっていくというか。

徳岡正肇氏:
 で,プレイヤーの技量が上がるにつれて,そのプレイヤーの腕できちんと歴史に介入できる国が増えていく。

4Gamer:
 水平方向に考えるとそうですね。逆に垂直方向に使うと,その国でできることが大きくなっていくわけで。

鈴木銀一郎氏:
 私はコンピュータのストラテジーゲームをしばらくやっていなかったんだけれども,それはAIをバカにしていたからでね。それに対してHoI2のAIは,そこそこやってくれる。

徳岡正肇氏:
 ゲームシステム全体の設計とあいまって,陸戦はちゃんとやってくれますね。

鈴木銀一郎氏:
 このAIなら,こっちも真剣にできるというか。

4Gamer:
 個々の戦闘であまりトリッキーなことができないぶん,正攻法を押さえたAIが十分に強いですね。

鈴木銀一郎氏:
 そう。けっこう強いので,こちらも真剣にならないと。

鈴木銀一郎氏の作品といえば,ファンタジーカードゲーム「モンスターメーカー」と,一連の関連作品群も忘れてはいけない。イラストはいずれも九月姫さん
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4Gamer:
 先生は確か以前,Digital Entertainment Academy(以下,DEA)でコンピュータAIの講座をお持ちでしたよね。 先生が考えるAIの賢さというのは,まずどういった点でしょうか?

鈴木銀一郎氏:
 ユニット個別のじゃんけん思考でなく,部隊行動ができるAIだね。マップの状況と近くの味方の状態を両方参照して,ユニットの行動モードを切り替えるような。

4Gamer:
 DEAで教えていたのは,そういう部分ですか?

鈴木銀一郎氏:
 いやいや。もっと基礎的なところからで,どうやったらコンピュータに意図する行動を伝えられるか,という感じかな。例えばトランプの「7ならべ」を題材に,どの札から出していくか,どういうときに出し,どういうときにパスするかを,きちんと定義して記述するとか。

4Gamer:
 なるべく強いAIの,フローチャートを書きましょう,という感じですね。

鈴木銀一郎氏:
 そう。そしてトランプからカードゲーム,ボードゲームとだんだんに複雑なものをプレイしてもらって,そのプレイをAIに組むことを考えていく。
 まあ,途中でダンジョンの自動発生AIはどう作ったらよいかとか,将棋や麻雀の場合はとか,そういう話もやるけどね。

徳岡正肇氏:
 ダンジョンで思い出しましたが,HoI2の場合だと,AIの思考様式以外に,おそらくマップ作りにもすごい労力がかかっていると思うんですよ。

鈴木銀一郎氏:
 ああ,そう思いますね。

徳岡正肇氏:
 遊び込むほどに思いましたが,プロヴィンスの隣接させ方と地形,つまり接触する部隊同士の有利不利を,かなり細かく調整したのではないかと。

4Gamer:
 想定し得る侵攻ルートに沿って見たとき,「ノコギリの刃」がどっちを向いているかという感じのマップ読みが可能ですよね。進めそうに見えて進めないとか。

鈴木銀一郎氏:
 そうそう。それを見て作戦を考えなきゃいけない。とりあえずの攻撃だけじゃなくて,それが成功したあとにどうするか。そこまで考える楽しみがあります。どこに山岳地帯があって,それをどう越えるか,とか。

徳岡正肇氏:
 HoI2オリジナルから「ドゥームズデイ」になったとき,マップの地形がけっこう変わりました。個々のパッチまでは確認していませんが,おそらくちょこちょこ調整してるんじゃないかなあと。

鈴木銀一郎氏:
 それは変わっているでしょう。よいデザイナーであれば変えますよ。変えて当然だし,変えるべきだと思います。ずいぶんテストプレイを重ねたな,というのが,プレイしていて分かるしね。


「ボードゲームの私が,ここまで面白いと言ってるんだから」


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4Gamer:
 コンピュータゲームとボードゲームのデザインをあえて比較してみると,ボードは開発史が長く,そして表現力が限られています。それゆえゲーム性についてより深く考えて,プレイの骨組みをしっかり据えていると思うんですよ。

鈴木銀一郎氏:
 うんうん。そもそもの違いが大きいからね。

4Gamer:
 コンピュータの力を借りると,とんでもなく膨大なデータを積み上げたゲームも形にできる。ただ,あらゆるコンピュータストラテジーゲームで問題になるのは,むしろボードゲーム的なプレイの骨組みをきちんと確立していないことではないかと。肉付けに先立つはずのデザインコンセプトがしっかりしていないというか。

鈴木銀一郎氏:
 その骨組みの部分が,やはりゲームを作る場合の基本だと思いますよ。ボードであれ,コンピュータであれね。表現方法はそれぞれ異なるにせよ,何を表現したいのかという話そのものだから。

4Gamer:
 ボードゲームはいきなり骨組みの部分で存在価値を問われるけど,コンピュータゲームはとりあえず動いてしまうから,しっかりした骨組みが必要だという認識が,ときに希薄になっている気がします。それがおそらく,単調な反応を繰り返すAIがはびこる温床にもなっている。

鈴木銀一郎氏:
 とくに日本のコンピュータストラテジーの場合「これを取り入れると面白いんじゃないかなぁ」ぐらいの要素が多すぎてね。
 DEAで私が,ゲームAIの講座のほかにゲームデザインの講座を持っていたのも,ボードゲームの考え方が基礎になるという認識からなんですよ。まずボードゲームをプレイしてもらって,その特徴を述べてもらうところから入る。

4Gamer:
 Paradox Entertainmentがボードゲームメーカー出身であるというあたりに,やはり秘訣があるんですかね。コンピュータらしいロジカルなシステムに長じているだけでなく,その生かし方が分かっているというか。

鈴木銀一郎氏:
 そうした意味でも,HoI2は嬉しい実例ですね。

徳岡正肇氏:
 コンピュータストラテジーから入った人が,コンセプチュアルなボードゲームに割と抵抗なく興味を持つのに対して,ボードから入った人は,どこかまだコンピュータストラテジーを一括りに低く見ているところがある。HoI2はそのギャップを,コンピュータの特性をきちんと生かしつつ,埋めてくれるように思うんですよね。

鈴木銀一郎氏:
 ボードゲームの私が,ここまで面白いと言ってるんだから,そこ強調してくださいよ(笑)。

一同:(笑)

鈴木銀一郎氏:
 ただ,一つ残念なことにこのゲーム,けっこう不正終了するんだけど,それもたいして腹が立たないんだよね。こんだけ大量のデータを積み込んでいれば,しょうがないよなあというか(笑)。

徳岡正肇氏:
 そう,原稿の締め切りさえなければ,落ちても腹は立ちません(笑)。

4Gamer:
 原稿をいただく側としては,たいへんコメントしづらい「落ち」が付いたところで,話を締めましょうか(笑)。本日はありがとうございました。


画像集#024のサムネイル/日本ボードゲーム界の父,鈴木銀一郎氏が語る「ハーツ オブ アイアンII」のやめられない魅力
 「ハーツ オブ アイアンII」のゲームデザインを,ただおおざっぱにマニアックと評する声をしばしば聞く。確かに全体をひっくるめて論ずるならば,それもあながち間違ってはいない。だが,インタビューでも話題になっているように,このゲームにおける戦闘ユニットはすべて汎用のものであって,各国製兵器の区々たる差異などには決して踏み込んでいない。その意味で,ベースとなるモデル化手法は極めてシンプルだ。
 そのシンプルなユニット群を,さまざまな補正効果とスクリプトイベント,国別AIで“らしく”動かす……。補正効果や物量が,ゲーム内で刻々と進む時間に沿って変化していくところから,戦略級らしい方向付けが生まれる。それが「ハーツ オブ アイアンII」の手法なのである。

 このインタビューで鈴木銀一郎氏が着目したのが,時間要素とシンプルさの2点であり,それが相まってゲーム展開の可変性を生み出しているところに,あらためて注意を払いたい。
 思えば本格的な時間要素は,ボードゲームが規模的に取り込み得ないものの一つである。もちろん,生産スパイラルの形で,ターンの進行に従って新規ユニットが生産されていくボードゲームもある。だが,どうしたってそういうボードゲーム的再現手法は,コンピュータに比べて平面的かつ一面的だ。
 そもそも,事態の並行性や複雑な相互関係をある程度捨象したところに,ボードゲームのターン制進行は成り立っている。号令一下,あるいは敵方の砲声を耳にするや,敵味方無数のユニットが同時に行動を始めるというのは,現実にプレイ可能なボードゲームとして,決して立ち得ない地平だ。複数人でチームを組んだプレイヤーと,同じく複数人で構成された審判団を用意すれば,ボードゲームでもそういった複雑系に挑み得る(アメリカの海軍兵学校で実施された記録がある)が,それを普通にプレイ可能とはいえまい。

 さて,そうした文脈で戦闘ユニットのシンプルさに踏み込んだとき,賢明なる読者諸子はすでにある程度論点を予測しているかもしれない。誰あろう鈴木銀一郎氏こそ,翔企画で「SSゲームズ」を世に問うた張本人であった。
 コンパクトな,それゆえ練り込まれたマップと,比較的シンプルに整理されたユニット群を核にしながら,テーマに合わせて少々ひねりを加えたルールで,その戦いらしさを演出する……。それがボードストラテジーゲームで新たなファンの獲得を狙ったSSゲームズ各作品に共通する精神である。氏が「ハーツ オブ アイアンII」に,シンプルな戦闘ユニットと差別化された軍事ドクトリンの組み合わせで実現する,さまざまな戦闘バリエーションの魅力を見いだしたことは,偶然ではないと思う。
 いささか乱暴にまとめれば,コンピュータの演算能力を借りた,長丁場の戦略級SSゲームズ,それが「ハーツ オブ アイアンII」なのではないだろうか?

画像集#014のサムネイル/日本ボードゲーム界の父,鈴木銀一郎氏が語る「ハーツ オブ アイアンII」のやめられない魅力
 同じ素材をゲームとして調理しようと努めてきた以上,また,ときに「人と人が競う」という点でも共通項を持つ以上,ボードゲームにおける根源的な課題の多くは,コンピュータゲームにおける課題にもつながっている。そして,ボードゲームが課題としてきたものの一部を,コンピュータゲームが独自の利点を活かしてすくい上げることは十分に可能なのだ。さらに言えば,そうしてこそ,コンピュータゲームは過去のボードゲームが積み上げてきた厖大な遺産を,十全に生かせるのではないだろうか。
 そうした展望を抱かせる鼎談として読者の目に映ったならば,企画者としてこれに勝る幸いはない。

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 さて,最後の最後に少々PRを。このインタビューを読んで,鈴木銀一郎氏の人となりのみならず,氏が高く評価する「ハーツ オブ アイアンII」,そして氏が育ててきたボードゲームの世界に興味が湧いたなら,この鼎談のきっかけになった書籍『この世界大戦がすごい!! ハーツ オブ アイアンIIプレイレポート』も併せて手に取ってもらえると,ちょっと嬉しい。鈴木銀一郎氏のコラムはもちろんのこと,第二次世界大戦テーマのボードゲームがまとめて紹介されているので,そちらのとっかかりにもなるはずだ。
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