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連載
Access Accepted第816回:ゲーム1本,100ドル時代は来るのか?
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最近,アメリカのゲーム業界では「グランド・セフト・オート VIの発売をきっかけに,ゲームの価格が1本100ドルになる」という話題が注目を集めている。開発費の高騰が続き,アメリカではAAAタイトルで70ドルという標準価格が,少なくとも80ドル,100ドルまで上昇させないと開発費を回収できなくなると言われているのだ。
GTA6でゲームソフトの値段が上がる?
2025年1月,イギリスのニュースサイトVGCにて「GTA6を100ドルで販売しようという“展望”があるとアナリストが発言」という記事が掲載され,ゲーマーコミュニティで大きく取り上げられた。これは,リサーチ会社のEpyllionを運営するアナリストのマシュー・ボール(Matthew Ball)氏が公開した2025年のゲーム紹介白書をベースにしたもので,ボール氏は「GTA6の価格によって,長らくデフレ状態にあったパッケージゲームの価格が再調整され,それによってゲーム業界が盛り上がる基盤になり得る」と主張している。現在はAAAタイトルで70ドル(69.99ドル)というのが希望小売価格だが,これを少なくとも80ドル,さらには100ドルにまで引き上げる可能性があるというのだ。
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そんなGTA6の価格が引き上げられるかも知れないという予兆は以前からあった。2023年11月のTake-Two Interactiveの業績報告会では,同社CEOのストラウス・ゼルニック(Strauss Zelnick)氏が,適正なゲームソフトの価格を独自に作り出したアルゴリズムで出したところ,今の「70ドル」という価格では安すぎるとし,「ユーザーが費やす金額をプレイ時間で割ると,ほかのエンターテイメントと比較しても“割安すぎる”ため,見直す時期に来ている」と投資家向けに説明したことを,Rock, Paper, Shotgunが報じている。
また,同じ時期の2023年9月には,カプコンの辻本春弘社長が日本経済新聞の取材に対し,開発費の増大に伴って「ゲームの価格は安すぎると感じています。開発費はファミコン時代の100倍くらいになっているのに,ソフトの値段はそれほど上がっていない。」と述べていたことも掘り出され,海外で再発信されている。
同じように,2023年11月にはBlizzard Entertainmentが一部のゲーマーに対して行ったアンケートで「Diablo IVのDLCを100ドルで販売すれば買いますか?」という質問をしていたこともあった。結局,DLCに100ドルという価格設定は法外だと感じたユーザーの反発が大きかったのか,2024年にリリースされた「ディアブロ IV: 憎悪の器」は40ドル(39.99ドル)で販売された。
Epyllionのボール氏による分析も,こうしたゲーム業界のリーダーたちのコメントや動向を元にしたものだと思われる。確かに消費者を驚かせないような伏線が,この数年で少しずつ張られているように感じられるのではないだろうか。
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ゲーム企業経営者の判断がハルマゲドン級の変化をもたらす
思えば,ゲームコンソールでは「第9世代」とされるPlayStation 5やXbox Series X|Sが発売された2020年末,自社のAAAタイトルを69.99ドル(日本では7800円相当)にしたのも,Rockstar Gamesと同じグループのTake-Two Interactiveであり,「NBA 2K21」の販売の際に10ドルが上乗せされたときの状況は,「第653回:次世代コンシューマ機ソフトの価格はいくらに?」で報告したことがある。
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もし79.99ドルが「新しい小売価格」になれば,現在の為替レートでは日本でのスタンダード版の価格は約1万2300円となり、デジタルアイテム付きのデラックス版は2万円に達する可能性がある。さらに99.99ドルなら,スタンダード版でも1万5000円を超え,なんとも恐ろしい高級エンターテイメントになってしまう。
もちろん,現在のAAAタイトルがアメリカで70ドルで販売されている一方,日本では8000円前後であるように,ゲーム価格は単純に為替レートだけで決まるわけではない。これは,各市場の購買力や競争環境,税制,価格戦略などが関係しているからだ。仮に79.99ドルが標準価格になったとしても,日本市場では1万円を超えない価格に抑えられる可能性もある。
しかし,そのうえでGTA6の発売をきっかけに欧米のパブリッシャがゲーム単価の値上げに踏み切り,日本もそれに歩調を合わせざるを得ない状況が生まれることになれば,国内のゲーム消費者の購買力は大きく低下し,F2Pやモバイルゲーム市場へのさらなる傾倒が生じたり,AAAタイトル離れの機運がさらに高まったりするかもしれない。
ゲームソフトの価格はほかのエンターテイメントと比べても,それほど大きく上昇していない。69.99ドルのものが79.99ドルになったところで,その上昇幅は14%ほどだ。上記したEpyllionの調査データによると,アメリカにおけるコンサートの入場チケットは,この20年で平均70ドルから140ドルに,Netflixの月額費も2013年には12ドルだったものが,今では24ドルになっている。
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これに対して,ほとんど変化していないのが斜陽産業と言われる映画のチケットで,アメリカでは1990年代から10〜12ドルの間で推移している。日本でも「映画チケット2000円時代」などと報じられたのは記憶に新しいが,25年前の2000年も1800円ほどであったことを考えると,エンターテイメントもニーズによって適正価格は決まると考えてよさそうだ。
ゲーム産業が斜陽化しているということはないものの,ゲーム単価が70ドルから100ドルに上がることで予想される消費者の買い控えという圧力が,どれほどゲーム会社に影響するかは未知数だ。高くなりすぎれば,ゲームソフトの窃盗や海賊版の利用なども懸念される。また,「第811回:インディーゲームはAAAゲームより面白くなったのか?」でも言及したように,ゲーム企業の力学とゲームコミュニティの嗜好の乖離が,益々助長していくのは間違いないだろう。
開発費や人件費の高騰というのは大きな問題であるが,ただでさえゲーム業界のリストラの報告が相次いでいる現状で,消費者からそっぽを向かれるようなことがあれば,企業そのものの命運にも関わってくる。小売価格が上昇するかもしれないというGTA6の発売は,ゲーム業界とゲーム市場にさまざまな側面でハルマゲドン級の変化をもたらすかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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