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印刷2007/09/05 20:54

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権威と権力,近代国家の「イデア」を建設するSF 第11回:『復活の地』→箱庭/建設シム

 

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『復活の地 1』
著者:小川一水
版元:早川書房
発行:2004年6月
価格:756円(税込)
ISBN:978-4150307615

 

 列強にテクノロジー面で後れをとっており,帝政と議会制を折衷的に採用する国。その近代化のさなか,巨大地震が首都を襲う。この国はどう復興していくのか……。
 こう書くと,日本の歴史を知ってる人なら「ああ,関東大震災当時の日本ね」と思うだろう。だが日本のことではない。前回に引き続いてフィクション作品となるが,小川一水の『復活の地』を紹介しよう。

 はるか未来,人類の生み出した恒星間航行技術が,不幸な経緯で失われてしまう。再発見されたテクノロジーが恒星間の交流を復活させるが,分断期を通じて星系国家の間では,技術格差が大きく広がっていた。本作の舞台は,そんな時代に高いテクノロジーを持つ列強と交渉を始めた国家「レンカ帝国」だ。列強に対抗するために,惑星内の,自国より広い他国を卑民族国家とみなして侵略統治を行っている,そんな状況で大地震が起きる。
 文庫本3巻の長編小説でもあり,本作はさまざまな視点から,レンカの首都・トレンカを襲う地震とその後が描かれていく。例えば地震災害そのものを,ドキュメンタリータッチで悲劇的に描くことにも,相当の紙幅が割かれている(ちなみに最終巻は2004年10月発行なので,映画「日本沈没」の後追い企画というわけでは決してない)。だが,中心となるのは,地震で激変した社会を立て直そうと,それぞれの思いを持って奮闘し,協力や衝突を繰り返す,政治中枢に近い人々の描写だ。

 群像劇としての様相もあるのだが,主人公と呼べる登場人物は二人いる。一人は,有能な実務官僚セイオ・ランカベリー。「弱き者を守る」と言いきる熱情を持つ一方で,なぜか悲壮な影を感じさせる人物だ。また,帝国やその既定路線を憎んでいることを隠そうとしない。偶然の経緯から若くして大きな権力を委譲され,災害後の復興に取り組んでいく。
 もう一人は,首都から離れていたがゆえに,皇族で唯一の生き残りとなった内親王(女性皇族)スミル。世間知らずのお姫様から,摂政として政治の世界に放り込まれた彼女は,時代の変化を目撃しつつ,大きく成長していく。
 主人公達と対立する勢力の中心となるのが,大きな野心を持つ政治家,ジスカンバ・サイテンだ。列強に対抗するためには,帝政を事実上廃して,内閣が軍をも掌握する中央集権体制を作らなければならないという信念を持つ。小説内の表現として,それはある意味私心のない,帝国の未来を案じてのものとされる。しかし,地震後首相に就任した彼は,非情にも復興より中央集権化を優先した政策を採る。
 これら3人の周囲に,首相サイドの陸軍(地上軍)と,主人公サイドの天軍(宇宙軍,ただし規模はごく小さい)の軍人達や,都令(都知事),元老,スミルの侍女,市民の少女,さらにはレンカに滅ぼされた王国の王子,そして列強の元首達が関わることで,物語は進んでいく。

 さて,今回この作品を取り上げたのは,セイオの立場が開発ゲームのプレイヤーの視点に近い,という理由からだ。一度壊滅した都市を,自分の理想に基づいてデザインし直すというコンセプトは,そのままゲームのモチーフになる。箱庭開発ゲームの古典となった「シムシティ」でも,怪獣災害や爆撃で大損害を受けた状態から都市を復興させるという,「東京」シナリオ,「ハンブルク」シナリオは,お馴染みの存在だ。
 とはいえセイオはあくまで一官吏,関係省庁や行政府と幾度も衝突を繰り返す。作中でセイオは,大局的/長期的すぎる視野を持ち,民衆の支持を失って半ば失脚するという展開を迎える。
 アートディンクの「トキオ」,そしてPopTopの開発独裁ゲーム「トロピコ」でも条件次第で,任期更新のため選挙で勝つ必要があった。とはいえたいていの開発ゲームで,プレイヤーは為政者としてずいぶんひどいことをやっているはずだ。「このほうが国や都市全体としてはよいのだ」「ここで強権を振るわないと国が滅びてしまう」(=ゲームに勝てない)と言い訳しつつ辣腕を振るうわけだが,その手のプレイをするたびに,ゲーム内の民衆からは恨まれているだろうなと思う。

 列強との関係も,ゲームと引き比べたときに面白い要素だ。開発ゲームでは外部勢力が存在しないか,あるいは対等な競争/戦争の相手として登場することが多い。それに対して本作における,潜在的には脅威だが,うまく交渉することで何かが引き出せる相手という列強の描き方は,現実とゲームの間を考えるとき,示唆に富んでいる。現実の外交関係に特権的な「プレイヤー勢力」や「敵AI」があるはずはないのだから。
 先述した「トロピコ」におけるアメリカとソ連は,ごく限定的な形でプレイに影響を与えるだけだが,おそらくはキューバをモデルにしているだけあって,軍事基地の提供などがルール化されている。また,Paradox Interactiveの「ヴィクトリア」では,長期的なスパンでの国民経済の発展がプレイ要素となっており,そこでは主に工業先進国が貿易相手として登場する。彼らの利害や需要を顧慮することが,自国の発展のために重要な要素となっているわけだ。
 都市再開発を扱う本筋に,キャラクター性濃厚な主人公の物語を絡ませるあたりも,重要なポイントだ。例えば工画堂スタジオの「火星計画2」では,テラフォーミングで姿を変えていく火星の歴史を見つめる少女のイベントが,展開に応じて挿入されるという演出があった。こうした演出は国内ゲームメーカーが得意そうなので,ぜひ頑張ってほしいところだ。

 話題を小説の中身に戻そう。本作の舞台は,時代も地理も近代日本とはまったく別のところである。だが,特定の時期ではないにせよ,意図的に近代日本の要素を多々取り入れているのは確かだ。天皇制に対応する皇王制,明治維新の原動力となった列強への警戒心,昭和期の植民地主義,そして関東大震災。震災時の描写では,被服廠跡での大量焼死を翻案した事件や,首都で部分的に異民族の虐殺が起きるといった描写すらある。
 列強のうち3国は,明らかにアメリカ/イギリス/ソ連またはロシアを意識した設定だ。さらにはレンカ国内の地名も,なんとなく日本を思わせるものが多い。スミルが震災の難を逃れた北の地は「ハイダック」だが,アナグラムして一部の母音を置き換えれば「ホッカイド(ー)」が現れるという寸法だ。

 こうした舞台設定で描かれる本作は,ある意味で歴史改変ものシミュレーション小説と同一のルーツを持っていると思う。ただし本作の作者はミリタリズム礼讃的ではない。本作は「大多数の人間の本性は善である」「人間社会は機会をうまく捉えれば,より良い方向に向かえる」という理想主義に立脚して,メタな設定で日本の歴史改変を行った“ポリティカル・ファンタジー”といえる。
 リアリズムに徹した政治小説を求めるならば,この理想主義は弱点となるだろう。だが,人の本性を善とする読み物は古来多数ある。こうした見方に共鳴できるなら,ゲームのクリア後にも似た,爽やかな読後感が得られよう。
 最後に,物語全体がお堅い政治話だけで終始するわけでもないことを附言しておきたい。セイオとスミルの関係がどうなっていくかについても,読者の期待を裏切ることはないはずだ。

 

ゲームブックでなくゲーム的なブックね

あるいはゲーム的「偽史」欲求というか。

 

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■■虹川 瞬(ライター)■■
「ニューアカ」の消長とヲタクの誕生に,パーソナルコンピュータと深く関わりながら立ち会ったPCゲームライター。当サイトでは「シヴィライゼーション4」の連載記事でおなじみだが,予想もつかないことに詳しいあたりが世代の刻印か。ライター業に留まらないスキゾな生き方が,どこまで狙いどおりでどのへんが単なる成り行きなのか,いつか聞いてみたい気がする。
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