インタビュー
“ヒャダイン”こと前山田健一さん,どんなゲーム音楽に影響を受けてきたんですか?
この曲の作詞/作曲/編曲を担当しているのは,前山田健一さん。1980年生まれの作詞家,作曲家,編曲家だ。
そういえば,アニメ「バカとテストと召喚獣」の主題歌で,麻生夏子さんが歌う「Perfect-area complete!」も,面白い曲だなぁと思っていたことがあったのだが,これも作曲と編曲は前山田さんが手がけていた。ほかにも前山田さんは,東方神起やノースリーブス,さらにはアニソンまでバラエティに富んだアーティストに楽曲を提供してきた。
そして,そんな前山田さんには,もう一つの顔がある。
それは,2007年末以降,ニコニコ動画で懐かしいゲームの音楽をアレンジして歌詞をつけ,自分で歌って公開し,熱狂的な支持者を生み出してきた人物……ヒャダインだ。
ヒャダイン=前山田健一さんであることが明らかにされたのは,今年の5月のこと。以来,「あれだけゲーム音楽のカバーをやっているんだから,ゲーム音楽から受けた影響が,現在の本業にも生きているのではないか?」とぼんやり思っていた。
いつか,そのあたりの話を直接聞いてみたいなと考えていたのだが,考えているばかりじゃ何も進まない! ということで,思い切って「影響を受けたゲーム音楽について取材させていただけないでしょうか?」と所属事務所に連絡してみたところ,快諾していただいた。それが,今回のインタビュー記事である。
前山田さんが幼少期にどんなゲームに触れ,どんなゲーム音楽から影響を受けてきたのかといった話題から,ネットの発達によって変化してきたクリエイターを取り巻く環境についてまで,その場の勢いであれこれ聞いてきたことを,ここにまとめてお届けしよう。
フローラを選んだら,ビアンカがかわいそう
4Gamer:
お忙しい中,ありがとうございます。
いきなりですが,生まれて初めて遊んだゲームって,覚えていますか?
もちろん覚えてますね。
最初は,ファミリーコンピュータ(以下,ファミコン)の「テニス」や「ゴルフ」でした。ファミコンが出たての頃に親が買って,それを遊んでいたもので。でもその時点では,「ああ,ファミコンって,こんなものなんだな」という程度でした。
4Gamer:
では,最初に衝撃を受けたゲームは?
前山田さん:
「イー・アル・カンフー」です。あれで初めてファミコンにはまりました。同時に,ゲーム音楽らしいゲーム音楽に初めて出会ったのも,この作品でしたね。
4Gamer:
ゴルフなんてほぼ無音で,少しSEがあるだけでしたし。
前山田さん:
ブーン,ボフ。ブーブーブー。っていう(笑)。
4Gamer:
ファミコンにはまっていた当時は,どれぐらいのペースで遊んでいましたか?
前山田さん:
あまり外で遊ぶ子供ではなかったので,遊びといったら,家でピアノを弾くか,ファミコンするかの二択だったんですが,ファミコンをやっていいのは,1日に1〜2時間程度でした。
4Gamer:
高橋名人が「ゲームは1日1時間!」って言っていた時代ですよね。
最近はゲームで遊んでいますか?
前山田さん:
Wiiを買ったんで,「戦国無双3」ばっかりやっています。
4Gamer:
お,Wiiなんですね。
前山田さん:
はい。実はファミコン,スーパーファミコン以降のゲーム機って,持っていなかったんです。高校3年生だった1998年まで,ずっとスーパーファミコンで遊んでいました。
4Gamer:
それはやはり,大学受験などがあったからでしょうか。
前山田さん:
ええ。僕は一度はまると抜け出せなくなるタイプなんで……。
だからオンラインゲームにも手を出さないようにしています。よく報道されているような“廃人”みたいな感じになる自信があるんですよ。ただのチャットですら,席を外すのが怖くなるタイプですし。
4Gamer:
席を外している間に面白い話題になったらどうしよう,とか?
前山田さん:
それもありますけど,どちらかというと僕がいない間に悪口を言われたらどうしようって(笑)。
4Gamer:
あ,分かります。
まあ,チャットならログは残りますけどね。
前山田さん:
そうなんですけどねぇ……。
まあ,そういうところがあるので,ゲームは控えていたんです。
4Gamer:
それがなぜWiiを購入するに至ったんですか?
前山田さん:
家にあったら女の子を誘いやすいかな? って(笑)。
だからWiiリモコンもヌンチャクも,「マリオカートWii」用のWiiハンドルも2セットずつ揃えたんですが……箱から出してもいませんね。
4Gamer:
凄く仲間意識が……。
で,まあ一人で遊べる戦国無双3を,ということですか。
前山田さん:
ええ。最近のゲームって凄いですよねぇ。戦国無双3なんて,もう170時間以上やってますよ。
4Gamer:
凄い(笑)。スーパーファミコン以降,けっこう期間が空いていたと思いますが,ブランクは感じませんでした?
前山田さん:
最初はちょっとありましたけど,すぐに勘が戻ってきましたね。
自転車の運転みたいなものだと思うんですよ。小さい頃に覚えたものは,体が覚えているというか。でも本当はアクションゲームは苦手なんです。
4Gamer:
えっ,戦国無双3をやっているのに?
前山田さん:
基本,我慢強いんですよ。
だからいい武器が出るまで,1時間でも2時間でもやって,武器と防具を完璧にしてから攻略するというタイプで。
昔からそうなんですよね,装備を充実させて,ひたすらレベルを上げて……っていう。
4Gamer:
となると,ドラクエなんかでもレベル99まで上げる派ですか?
前山田さん:
もちろんですね。
実は昨日も,「ファイナルファンタジーIV」をやっていたんですけど,パロムにメテオを覚えさせるのが凄く好きで,それを目指して延々と。
4Gamer:
けっこうしんどいですよね,それ(笑)。
では,ドラクエシリーズだとどの作品がお好きでした?
前山田さん:
IV,V,III,VI,IIの順ですね。VII以降はやっていないんですが。
4Gamer:
ドラクエVではフローラとビアンカ,どちらを選びました?
前山田さん:
それはもう,ビアンカですね。だってフローラを選んだら,ビアンカがかわいそうじゃないですか。ドラクエVは何十回も遊んでますけど,一度もフローラを選んだことはありません。
今度こそフローラを選んでみようかな? って思うこともあるんですけど,子供の頃のおばけ退治のことなんかを思うと,どうしても……。
ゲーム音楽のメロディセンスに影響を受けている
4Gamer:
少し話を戻しますが,前山田さんは,4歳でピアノを始められたんですよね。となると,主に触れていた音楽はクラシックだったのではないかと思います。そうやって育った感性で触れたイー・アル・カンフーのサウンドには,どういう印象を持ちましたか?
なんというか……とにかくすり込まれましたよね(笑)。
イー・アル・カンフーって,全部のステージで同じ曲が使われているんです。しかも無限ループで展開のない曲が。
ファミコン自体に3和音+1ノイズっていう制限があって,情報量が少ない分,同じ曲になっていたんですよね。結果,ひたすら同じメロディが脳にすり込まれていくという。
4Gamer:
完璧なミニマルサウンドですもんね。
前山田さん:
許されないぐらいのミニマルですからね。そこに,ポペーポペーポペーピヨッピヨッピヨッていう効果音が乗るだけで。
4Gamer:
今,そんなゲームの音楽を聴いたときって,当時のことを思い出したりしますか?
前山田さん:
思い出しますねぇ。
ヒャダイン名義でゲーム音楽のカバーをすることについて,よく“同窓会”という言葉を使っているんですけど,要は当時の気持ちにちょっと戻りたいという願望があるんですよ。
4Gamer:
ああ,なるほど。凄くよく分かります。ヒャダイン名義の一連の作品を聴いていると,こちらも当時のことを思い出しますから。
ゲーム音楽のカバーでは,作詞もされていますが,基本設定に忠実ですよね。あれって,作詞をするときに調べたりしているんですか?
前山田さん:
いえ,ほとんどは完璧に覚えています。印象の薄かったゲームについては調べたりもしましたけど,「ドラゴンクエスト」シリーズや「ファイナルファンタジー」シリーズに関しては,いっさい調べてません。
やっぱり子供の頃って,脳内でもストーリーを繰り広げながら遊んでいますからね。
4Gamer:
ファミコンで遊んでいる時間以外も,いろいろと考えちゃうんですよね。勉強していても,気付くとスライムの絵を描いちゃってたり。
前山田さん:
そうなんですよ。
だからヒャダインの初期の曲なんかは,本当に好きで脳内にべったりくっついたものが題材なんです。メロディに関しても,キーまで覚えているんで,聴き直したりしないで作りました。
当時,ゲームで音楽を聴いて,ピアノのレッスンの遊びの時間ではそれを弾いて……ってやっていたんで,ダブルですり込まれていったんですよ。
4Gamer:
そりゃ,覚えますよねぇ。
ピアノでは,どんなゲームの音楽を主に弾いていましたか?
前山田さん:
ドラクエ,FFあたりは,ファミコンのゲームの中でも音楽の量が多かったんですよね。なので弾き甲斐があって,いろいろな曲を弾いて遊んでいました。
4Gamer:
そうやってゲーム音楽に触れてきたことは,今の創作活動に生きていますか?
前山田さん:
かなり生きていると思います。
ゲーム音楽って,劇伴や普通のBGMとは違って,歌モノじゃないのに歌モノのようにメロディがしっかりしているんです。だからヒャダインでも,簡単に歌を当てられたんですけど(笑)。
きっとハードの性能が低くて,鳴らせる音が少なかったからこそ,きっちりしたメロディを用意しなければならなかったという事情もあったんじゃないかと思うんですよね。
4Gamer:
確かに当時のゲーム音楽って,短いフレーズでもやたら耳に残るものが多かったですよね。
前山田さん:
ええ,だからその辺のメロディセンスに関しては,かなりの影響を受けていると思っています。
伊藤賢治氏,植松伸夫氏,すぎやまこういち氏を尊敬
4Gamer:
ゲーム音楽を手がけてきた作曲家では,どなたが好きでしたか?
前山田さん:
スーパーファミコンでもファイナルファンタジーやドラゴンクエストは好きでしたし……あと,「ロマンシング サ・ガ」もよく遊んでました。
なので,伊藤賢治さん,植松伸夫さん,そしてすぎやまこういちさんの音楽は大好きですし,影響も受けていますね。
4Gamer:
その3人の巨匠の中で,今の前山田さんにとって一番色濃く影響を与えたのは?
伊藤賢治さんですね。彼の作るメロディやサウンド感って,もの凄くドラマチックで,起伏に富んでいて……でも凄く切なくて胸がキュンとするんですよね。そういう曲を僕も作りたいと思いますし。
4Gamer:
伊藤さんの作品だと,戦闘の曲なんかがとくに印象的ですよね。
前山田さん:
あの胸のワクワクする感じは凄いですね。
伊藤さんの曲からは,1970年代〜1980年代のメロディアスでクラシカルなハードロックのにおいがします。きっとそちらからの影響が強いんじゃないかと思いますね。
4Gamer:
植松さんについては,どういう印象をお持ちですか?
前山田さん:
オーケストレーションのしっかりした壮大な曲であったり,ケルトな音楽であったり,かと思えばBPM200くらいのロックな曲であったり,振り幅が広いんです。
その幅広さ,ボーダレスさ,柔軟さは凄いです。人のことにしろ何にしろ,色眼鏡で見たりしないで,ご自分の目で見て感じる方なんですよね。そして何より,枯れないという。
クリエイターとしての姿勢も含めて尊敬しています。
4Gamer:
いろいろなジャンル,タイプの曲があるのに,聴いてみると「植松さんの曲だ!」って分かるんですよね。
前山田さん:
それがオリジナリティというものなんですよね。
すぎやまさんももちろんそうで,“すぎやま節”とでも言うべきものがきちんと作品に昇華されていて……。
お三方に共通していることとしては,さまざまな音楽のいろいろな要素をうまく取り入れていらっしゃるんですよね。パクリという意味ではなく,愛のあるオマージュで,それを自分の方向性に載せるというのが,芸術のあり方として素晴らしいと思っています。
植松伸夫氏 |
すぎやまこういち氏 |
4Gamer:
最近だと,ゲーム音楽に影響を受けてきた世代のミュージシャンが,チップチューン(8bitサウンド)をやっていますよね。そういうものに興味はありませんか?
前山田さん:
自分で作るものとしての興味は,とくにないですね。
というのも,僕はゲーム機の音源が出す音が好きなわけではなくて,あくまでもメロディラインが好きなんです。
4Gamer:
ああ,なるほど。
前山田さん:
作曲自体が好きで,メロディから世界観を作りたいタイプなんですよ。
だから極論すると,アレンジャーが別にいても構わないんです。メロディだけを作って,世界観を伝えてアレンジを指示することで,きっちりと仕上げてくださる強力なブレーンさえいれば……なんですけどね。
なかなかそうもいかないので,自分で全部やることが多いんですけど。
4Gamer:
そんな前山田さんですが,先日はiPhone版「怒首領蜂大復活」で初めてゲーム音楽を手がけられたそうですね。
前山田さん:
いやもう,嬉しかったですね。僕自身がゲーム音楽で育ってきましたから。
今の職業に就いているのは,いろいろな音楽から影響を受けてきた結果だと思うんですけど,その中の一つとしてゲーム音楽は外せません。もし今後もゲーム音楽のお仕事をいただけるようであれば,喜んで取り組ませていただきます。
4Gamer:
おお,それは期待したいですね!
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怒首領蜂大復活
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