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印刷2008/04/23 12:05

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明治5年12月3日は来なかった 第42回:『暦に見る日本人の知恵』→世界観

 

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『暦に見る日本人の知恵』
著者:岡田芳朗
版元:日本放送出版協会
発行:2008年3月
価格:735円(税込)
ISBN:978-4140882474

 

 なんだか知らないが,いま旧暦がちょっとしたブームで,旧暦(併記)のカレンダーが好調な売れ行きを示していたりするという。中国や韓国へ取材に行くたび,現地通訳さんに「旧暦の併用は正しいと思います。日本では五月雨(さみだれ)と梅雨が同じだということも,正月は本当に初春だったということも,すっかり忘れられていますから」とコボしていた身としては,とりあえず歓迎すべきことだ。
 だが旧暦(太陰太陽暦の一バージョン)の仕組みはけっこう難解で,太陽暦(ここではとりあえずグレゴリオ暦)のように整然としていない。それを意味と仕組みのレベルから解説してくれるのが,岡田芳朗氏の『暦に見る日本人の知恵』である。

 どの暦法を採用するにせよ,どだい暦には構造的な矛盾がある。四季の廻りを示す1年,もともと月の満ち欠けを単位にしていた1か月,そして昼夜の別から成る1日は,天体観測に基づく限り,それぞれ割り切れる整数になどならないのだ。どこを重視するかで,暦の考え方は分かれる。例えば現在の太陽暦における「月」は,月齢とまるで一致しない。その代わり,各月を構成する日数はほぼ固まっていて,ご存じのように例外が生じるのは4年に1日だけだ。もちろん,もっともっと長い年数では誤差が生じるのだが。

 これに対して旧暦は,基本的に月齢に従った進行になる。1日は普通新月だし,15日は原則として満月だ。その代わり,19年間に7回の閏月を入れないと,安定した循環が成り立たない。よく,旧暦は季節を重視したものだと言われるが,それは伝統文化との関係においてであって,実は旧暦の月次は季節(=太陽年での同タイミング)とのズレが大きい。もともと旧暦は,太陽観測に基づいて大寒,春分,夏至などと定められる二十四節気との併用が前提になっていたのである。
 日本の旧暦は中国由来だが,どうして中国はこんなに面倒な暦を使っていたかといえば,天体の運行との合致如何が政治の良し悪しを表すので,天子は正しい暦を与えるべきとする「観象授時」の伝統思想ゆえだという。月齢との乖離など,あってはならない現象だったわけだ。道教思想との関連を別にしても,実際月蝕や日蝕の予測には,この暦法のほうが向いている。

 この本にはそうした,暦のバックグラウンドを形成する数字や思想がふんだんに出てくるのだが,それらと並ぶ読みどころが,明治日本における改暦時のエピソードである。改暦を強く押し進めたのは大隈重信で,その背景には公務員の給与体系と政府の財政難があったらしい。
 江戸時代における官僚(公家か武家であるが)の給与は俸禄制で,これは年1回のものだった。ところが明治政府は諸外国に倣って,これをいち早く月給制に改めた。そこで閏月が含まれる閏年には,13か月分の給与を払わなければならなくなってしまったのである。そこで,財政難に喘ぐ政府がひねり出した妙案が太陽暦への拙速な切り換えだったというのは,嘘のようだが本当の話らしい。
 明治6(1873)年に生ずる閏月を避けるべく改暦が発表されたのは,明治5年も10月に入ってからだった。これによって明治5年12月は突如2日までしかなくなり,そこまでに売られていた旧暦の明治6年カレンダーは反故になった。政府はカレンダー業者(この当時は専売事業だった)に税の減免を行ってでも,これを強行したのである。
 おかげで,歳末の酉の市がガラガラになったり,官員を派遣し,きちんと新暦正月に備えて餅つきをしているかどうか監視させる地方が出たりと,上を下への大騒ぎになったとか。微笑ましいというべきか,迷惑な話というべきか,ある意味明治以降の日本を象徴する逸話である。

 暦を定め時を告げることは,時間を支配することである。暦が違えば世界が違うと言っても過言ではない。そしてイスラムにヒジュラ暦があり,フランス革命は革命暦を創始し,1917年以前のロシア/東方正教会諸国ではユリウス暦が用いられ,マヤ文明では独自の暦2種類が考案されていた。にもかかわらず,実のところアクチュアルモチーフのゲームには,異なる暦法表記を用いた例がほとんどない。戦国モノのゲームで元号くらいは用いても,閏●月という表記はまず見ないのだ。
 それに対してSF/ファンタジー作品では,異世界であることを強調する目的でか,しばしば独自の年号が見られる。ガンダムの宇宙世紀(UC)はかわいいほうで,旧ティーアンドイーソフトの「ディーヴァ」ではマウトレーア暦だから,これは一種の弥勒年号(?)という変わり種だ。もう少しメジャーな例を挙げれば「ファイナルファンタジーXI」の天晶というのもある。
 ただし,これらはおそらく単に年号であって,独自の暦法体系まで考えられているわけではなさそうだ。

 どうも書名が適切でないような気もするが,暦法と農作業,陰陽師と暦家,迷信の果たす役割など,暦をめぐる興味深い話題が詰まった本書は読み応え十分である。ゲームをプレイするとき,それが展開する時空間について,ちょっとだけ考えてみるのも楽しいと思う。

 

家ごとにお盆の時期が違うのも……

旧暦から新暦へのトランスコード設定次第なのです。

 

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■■Guevarista(4Gamer編集部)■■
無駄な読書の量ではおそらく編集部でも最高レベルの4Gamerスタッフ。どう見てもゲームと絡みそうにない理屈っぽい本を読む一方で,文学作品には疎いため,この記事で手がけるジャンルは,ルポルタージュやドキュメントなど,もっぱら現実社会のあり方に根ざした書籍となりそうである。
  • 関連タイトル:

    ディーヴァ・クロニクル

  • 関連タイトル:

    ファイナルファンタジーXI

  • 関連タイトル:

    12RIVEN -the Ψcliminal of integral-

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