インタビュー
「データから“声”が聞こえてくるんです」――NHN Japanは「ハンゲーム」の“ビッグデータ”収集・分析をどのように行っているのか
今回はこの門外不出ともいうべきノウハウについて,「ハンゲーム」を展開するNHN Japanの経営企画室を取材した。普段我々が窺い知ることのない“分析者”の業務を,掲載できる範囲で解き明かしてみたい。
NHN Japan 経営企画室 経営戦略チーム 神谷 健氏。2007年にNHN Japanへ入社。社内リサーチを専門に行う分析ユニットを率いる人物だ |
NHN Japan 経営企画室 経営戦略チーム 此川 祐樹氏。経営戦略チームに所属するUXデザイナー。同氏はCEDEC 2012ではUXデザインに関する講演を行っている |
データを分析することでユーザーの“声”が聞こえてくる
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
さっそくですが「分析ユニット」とは,どういった業務を行っているところなのでしょうか。
神谷氏:
ゲーム部門に限った話になりますが,大きく分けて二つありまして,まずはゲーム市場全体の動向を分析し,経営陣が意思決定を行う際に必要な材料を提示すること。そしてもう一つは,データを分析して運営を改善していくために,指標の定義や統一化などの取り組みを行うことです。
4Gamer:
今回は「データ分析」について詳しく聞かせていただきたいと思います。一口に“データ”といっても,いろいろありますよね。
神谷氏:
ええ。昔のゲームは,それこそアンケートはがきを回収するなどといった手法で,フィードバックを収集するしかありませんでした。
ですが現在のオンラインゲームにおいては,全プレイヤーがどのように遊んでいるかが,“データログ”として逐次記録されます。我々の業務は,そういったデータログと向き合うことで,「お客様の“声”を拾っていく」作業ともいえます。
4Gamer:
ほほう,データから声ですか。
神谷氏:
この仕事を長く続けていると,データが自ら声を発しているように感じられるんですよ。むしろ,データから声が聞こえてくるようになって,初めて分析者として一人前なのかなとも思っています。
4Gamer:
実際どのようにして,“声”を拾い上げているのでしょうか?
神谷氏:
順番に説明いたしますと,弊社ではデータログを収集・分析するための社内ツール「NBIS」(NHN Japan Buisiness Intelligence Systemの略)を開発しています。NBISはハンゲームで運営しているほぼ全タイトルに対応しており,あらゆるログデータが集約される仕組みで,そこから必要な情報だけを抜き出してデータベース化できるんです。
4Gamer:
なるほど。データベースでは,どういった情報が参照できるものなんですか?
神谷氏:
ほんのさわりの部分だけの紹介になって申し訳ないのですが。例えば特定の日にログインしたID(プレイヤー)の合計数や,最大同時接続数などといった基礎データはただちに見ることができます。さらに,日付やトータル起動回数,ハンゲーム登録歴などといった,さまざまなキーを設定して,抽出や並び替えなども行えます。
もう少し細かい例を挙げると,タイトルが各種イベントを展開した際,どういった年齢層が多く興味を持ったのかや,同一ジャンルのどのタイトルからプレイヤーが流動してきたのかなど,おそらく皆さんが想像している以上にさまざまな情報が,NBISを通じて把握できるようになっています。
4Gamer:
収集する膨大なデータの中には当然,有益なものと,そうでないものが混在していますよね。それらをどうやって選別しているのですか?
神谷氏:
現場のニーズや状況によって,どういったデータが必要になるかは変わっていきます。ですので,NBISのバージョンアップで随時対応しています。大切なのはデータを集めることではなく,いかにして役立てるかですからね。
4Gamer:
ハンゲームはポータルサイトとして,数多くのタイトルを運営しています。やっぱりデータの比較とかしてみたくなると思うんですが。
神谷氏:
それも可能です。比較のために必要な共通指標を,各タイトルにモジュールとして組み込んでいますので,ジャンルの異なるタイトル同士もNBIS上で比べたりできますよ。
4Gamer:
なるほど……。いま一部を拝見いたしましたが,重要そうなデータが次から次へと出てきますね。これを見られるようになるには,何年くらい勤めなきゃならないものですか。
神谷氏:
弊社の社員であれば,直接自分が関わっていない別部署のタイトルも含め,見ることができます。売り上げなどの一部データに関しては,部署などによる閲覧制限がありますが。
4Gamer:
社員にこれを見せちゃってるんですか。
神谷氏:
データがある程度見られないと,何を指針に自分達がサービスを提供しているのかが分かりませんからね。それでは良いサービスを提供できないのでは,と。
例えばマーケティングのような,直接運営に携わらないスタッフにとって,これらのデータは関係がなさそうに思われるかもしれませんが,実際には違います。プロモーションを展開する際も,その前後のデータを見比べることで,どういう層にヒットして,どういう層には物足りなかったのかが明確になるからです。
分析データが見られないと,そういった結果は実感しにくいでしょう。そのような経験の有無は,次に行うプロモーションの精度にも影響を及ぼしてくるはずです。
4Gamer:
なるほど。
神谷氏:
弊社では2005年からこういった活動を続けてきており,社員がデータを見る習慣が浸透しています。この習慣が当たり前になっているので,例えば辞めて別会社へ行った人間から,NBISのようなシステムがないことに不安を覚えるという話も聞きます。
実際にゲームを遊んで,データと意識を同化させることの重要さ
4Gamer:
NBISから拾い上げたデータを,皆さんがどのように分析してサービスに反映させているのか,具体例を交えて,突っ込んだ話を聞かせていただけますか。
これは,とあるMMORPGのタイトルにおける,プレイヤーキャラクターのレベル別の分布をグラフ化したものです。これだけなら,さほど珍しいデータではないと思いますが,NBISでは抽出条件を指定することで,例えば休眠プレイヤーのデータをカットし,アクティブなキャラクターだけを抽出したグラフなどもすぐに作れます。
4Gamer:
なるほど。アクティブなキャラクターのレベル分布を簡単に出せるのは一見便利そうですが,実際ここからどんな声が聞こえてきて,どのような対策や計画を立てられるものなんですか?
神谷氏:
では見てみましょうか。例えばグラフの山が大きく“尖っている”部分は人が多く集まっているわけですが,見方を変えると,ゲームバランス的に何かしらの問題を抱えている可能性があります。
もしかすると,このレベル帯はミッションやクエストの難度が高くて,レベル上げがしづらいのかもしれません。それが低レベルで起こっていた場合は,チュートリアルの内容が不十分かもしれず,きっと初期離脱率にも影響を及ぼしているわけで,詳しく検証する必要がありますね。……と,こういった風に分析していくわけです。
4Gamer:
ああ,なるほど。
神谷氏:
グラフ以外にも,例えば,それぞれのレベルにおけるプレイヤーキャラクターの滞留時間の長さや,1回あたりのプレイの時間の短さにといった部分に,ゲームに“飽きた・離れた”といった動向が反映されます。NBISで,これらの状況を横断的に把握しながら,改善すべき点を探し出していくんです。
4Gamer:
このグラフから,そういった問題点が読み取れるわけですか。
神谷氏:
ええ。ですが注意すべきは,レベル帯グラフが尖っている,あるいは滞留時間が長いからといって,それがマイナス要因とは限らないということです。例えば,あるレベルに到達することで新しい拠点エリアへ行けるようになったりしますよね。そこでプレイヤーはしばらく,新たなNPCとの会話やショップの物色を楽しむことになるので,滞留時間が長くなるのは自然なことでしょう。
4Gamer:
でも,そういう部分は,データを眺めていても気付くのがなかなか難しいんじゃないですか?
神谷氏:
そうなんです。なので,データを意識しながら実際にゲームをプレイして,数値と意識を同化させることが大切です。分析者というのは,データだけを見ていてはダメな業務なんですよ。
4Gamer:
常にグラフやデータと格闘している部署なのかと思っていましたが,実際にゲームもプレイされるのですね。ちなみに,神谷さんご自身は普段ゲームで遊ばれるんですか?
神谷氏:
かなり遊びますよ(笑)。個人的にはMMORPGが好きで,1999年頃からずっとプレイしています。当時はプレイヤーの同時接続者数が400〜500人というのが当たり前の世界でしたが,その頃からゲーム内のデータに思いを巡らせるのが好きでした。そういった興味が高じて,今の仕事に繋がっているのかもしれません。
4Gamer:
そのほか,読者にとって分かりやすいデータ分析の例はありますか。
神谷氏:
プレイヤーにとって大きく関わる部分ですと,オンラインRPGにおけるインゲームマネーの流通量の監視は欠かせないですね。仮に極端なインフレが生じてしまうと,デジタルデータの価値が損なわれてしまいます。プレイヤーにとって今までの苦労が台なしになりますし,今後のモチベーションにも影響しますので,阻止せねばなりません。
4Gamer:
場合によっては,インフレを阻止するために運営チームが直接介入するとか?
BOTツールとチートツールの監視,対処以外の介入はないですね。基本的にサービスが経過するにつれ,プレイヤーキャラクターの平均レベルが上がり収入は増えるわけで,少しずつインフレに向かうのは珍しいことではありません。そういった自然現象に対してまで介入するのはどうかと思います。
ですが確実に言えるのは,BOTツールやチートツールといった不正行為が蔓延してしまうと,急激かつ不自然なインフレが起こってしまいます。これに対しては厳重に対処していかねばなりません。
4Gamer:
そのあたりの奮闘記は,以前「ドラゴンネスト」の運営チームに詳しく聞かせてもらったことがあります。感心すると同時に,コストも掛かりそうだなあとも思いましたけど。
■関連記事:BOT業者の活動を“ほぼ壊滅”に追いやるまでの軌跡
神谷氏:
確かにコストは掛かりますが,それでもお客様のデジタル資産の価値を保全するべく,やらねばならないことです。
我々のビジネスはコンテンツ産業であるのと同時に,サービス産業でもあります。この両者を融合させて考えながら,最終的にお客様の満足をどれだけ高められるか。そのためにも,データ分析を活用していく次第です。
データ分析に加え,近年では「UXデザイン」の研究も
4Gamer:
話を聞いていると,データ分析の大変さを実感します。
NHN Japanでは,いつごろからこういった業務が行われているのでしょうか。
神谷氏:
データ分析の取り組みを本格的に始めたのは2005年です。当時在籍していたスタッフに話を聞くと,データに対する社内の理解や認知度が大きく違っていて,随分苦労したようですね。
4Gamer:
確かにプロジェクトとして考えると,費用対効果が見えづらい感じはしますね。
神谷氏:
ええ。プロジェクトとしてのゴールラインも見えないわけで,社内では「データを分析するより,その予算をプロモーションに回したほうが効果的なんじゃないか?」という反応が多かったと聞きます。
より良いサービスを実現すべく何が必要かを考え,長いスパンで辛抱強く続けてきたわけですが,陽の光が当たりにくい業務なのかな,とは思いますね。
4Gamer:
最近はどうですか? 今でも社内で理解を得られずに苦労していたりするんですか?
神谷氏:
ここ2〜3年で,ようやく社内に浸透してきているなという実感が,得られるようになりましたよ。
でも,とくに自分が直接携わっていないタイトルだと,なかなか興味が持てないという人も中にはいます。ですので,データ活用の取り組みを社内に広げるため,入社時のオリエンテーションや社内向けの勉強会を継続的に行っています。
4Gamer:
神谷さんは分析者としての業務を行っていて,どういったデータを見る瞬間が一番楽しかったりしますか?
神谷氏:
新しくゲームに触れてくれた方が,その翌日にもログインしてくれたときですね。
大掛かりなプロモーションを展開すれば,新しい人は増えてくれるでしょう。でも,一度寝て目が覚めて,頭がリセットされてから再びプレイしてくれるというのは,やっぱり面白いと感じていなければ難しいと思います。
自分が面白いと信じているゲームで,そういったデータを目の当たりにすると,この仕事はやめられないなと思います。
4Gamer:
でもお世辞抜きで,興味深いデータですね。記事に掲載するのは無理としても,しばらくのあいだ体験入社して,隅々までじっくり見てみたいくらいです(笑)。
ありがとうございます(笑)。
データ分析の業務は,長年の努力の末にようやく軌道に乗りつつあります。現在はデータ分析に加え,「UXデザイン」への取り組みも行っています。
此川氏:
UXとは“User Experience”の略で,ユーザーの経験そのものを指します。つまりUXデザインとは,ユーザーの経験を元に,より良いサービスをデザインする,という考え方になります。
4Gamer:
最近ちらほら耳にする単語ですが,例えばWebページの配色やフォントを見やすくするのも,広義のUXデザインなわけで,概念そのものは一般的ですよね。
此川氏:
ええ。その概念をゲームサービスに当てはめて,専門的な知識も交えつつ研究を進めています。
例えばゲームのユーザーインタフェース一つを取っても,使いやすいものと使いにくいものがあります。PCゲームでライフのパラメータを表示する場所や,スマートフォン用のアプリで時計を表示させる場所など,使いやすいレイアウトというのが存在します。そういった使いやすさは,ゲームが“面白い・面白くない”とは分けて考えるべきなんです。
4Gamer:
確かに,その二つは一緒に考えてしまうことが多いですね。
此川氏:
UXデザインはいくつかのプロセスに分かれていて,ごく簡単に説明するとターゲットを想定したうえで「ターゲットの研究」「デザイン目標の設定」「デザインの視覚化」「テストによる評価」などを順番に行っていきます。例えば,弊社にはリサーチ用の部屋が常設されており,定期的に一般ユーザーを招いて,多画面のカメラで目線の動きを分析するなどしています。
このようにして,UXデザインを活用して,気持ちよく使ってもらえるための研究を進めています。ちなみにこれまでの研究の成果については,先日行われたCEDEC 2012でも紹介させていただいたんですよ。
■関連記事:[CEDEC 2012]ユーザー体験に基づいてシステムを設計する“UXデザイン”とは。NHN Japan此川祐樹氏が解説するチュートリアルとUIの作り方
4Gamer:
結構複雑そうな話ですが,その成果が明確な形で得られるまで,ある程度の時間はかかりそうですね。
神谷氏:
お客様により良いサービスを提供するためには,必要な作業だと信じています。2005年にデータ分析のプロジェクトを立ち上げたときと同様,長期的な視野でUXデザインの研究に取り組んでいきたいと考えています。
4Gamer:
期待しています。
本日はありがとうございました。
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