【切込隊長】私は農夫出身でソ連贔屓のプレジデンテだ

切込隊長 / アルファブロガーにしてゲーマー。その正体は，コンテンツ業界で今日も暗躍（？）する投資家

切込隊長：茹で蛙たちの最後の晩餐 ブログ：http://kirik.tea-nifty.com/

　そろそろ「トロピコ3」の日本語版が発売されるとのことで，ワクワクしているシミュレーションゲームスキーどもは十個師団ほどいると思われる！　
　しかし忘れてはならない，偉大な“初代トロピコ”こそ，数多ある箱庭ゲーの中でも傑作中の傑作として現代ゲーム史に燦然と輝きを放つ作品だということを。
　新しいゲームに取り組むのは簡単だ。ブームに乗り，メディアの言うとおり踊っていれば良い。しかし，古典を極め，ゲームの面白さの本質に迫るプレイングを自ら志すことこそが，シミュレーションゲームスキーの精神であり，常に古典と新しいゲームを比べながら評価することは，プレイの幅を広げていく唯一の方法なのである。

　というわけで，今回は不朽の名作「トロピコ」，それも拡張セットのない初代のリプレイをお届けしようと思う。相変わらず，誰の得になっているのかさっぱり分からない連載なのだが，まあいろいろ大人の事情という奴があるのだ（※編注）。ちなみに「え，トロピコって何？ やったことない」というnoobやnewbieどもは，いますぐヨドバシやAmazonで買え。

※編集部的には思い当たるものがないのですが……

何を目指すプレイであるか？

今回は観光に頼らないということで，比較的標高の高い島を作る。もちろん狙いはコーヒー園。幕府ご謹製のコーヒー一丁で頑張ってまいります

　今回のプレイのお題は，冷戦下におけるカリブの島々をシミュレートするトロピコという傑作システム上で，300年続いた徳川幕府を超える長寿国家を築き上げようというコンセプトである。なぜ私が徳川幕府を超えようと思ったのか，いまとなっては定かではない。
　もちろん，徳川幕府を超えると決めたからには，「観光」などご法度である。残念ながらトロピコでは出島を作ることができない。なので，もう全面的に観光ごと諦めてしまえ，という話だ。
　一応説明しておくと，このゲームにおける観光は何よりも高収益な事業であり，ある程度観光の設備が整ったら200年でも300年でも続いちゃうからね。それじゃ面白みに欠けるということで，今回は，コーヒーの輸出一本に絞って頑張ることにした。

　そんなわけで，私は農夫出身でソ連贔屓のプレジデンテ（大統領）だ。資本主義のブタどもなど蹴散らしてくれるわ。どっからでもかかってこい。

初心者だと即死可能な難度でも力強く徳川幕府プレイ。はるか遠方の島をわざわざ選ぶのは，絶対に観光を諦めるという，自分を追い込む必要から

統治者の特徴はこちら。尊大で病的なギャンブラーである勤勉な園芸の天才である農夫がソ連KGBの後ろ盾で大統領になりましたとさ。何それ

　序盤はごく普通に，アパートを建てたりパブを作ったり教会をこしらえたりして過ごす。真面目に住民に目を配ってれば，そうそう変なことは起きません。ゆっくり島に施設を増やしながら，住民を観察して楽しむ。これが本来のトロピコの楽しみ方。ああ，こんな島に住んでみたい。と思うのは序盤だけです，はい。
　二十年も経つと，右肩上がりの成長を夢見た島民が働き口をよこせだの島の経済が停滞してるだの医療不足に悩んでるだの言いたいことを言ってきて激しくウザくなります。

　住民も増え，少し町も大きくなってきたのでキャバレーでも建てる。島で唯一のムフフ空間の誕生である。そしたら，キャバレーの求人広告を見たフランス出身のおばさんが移民してきやがった。待て待て待て待て。いくら田舎の島だからって，いったい何しにやってきたんだお前は。

キャバレー建設を指示。別にキャバレーの中身が演出されるわけではないが，何となく気分が高揚する	その期待のキャバレーに，まさかの熟年ショーガールが勤務開始。島民の半数が涙した
この島民のためを思い続ける私に，選挙で対抗馬出現。なんだとこのやろう	そして，まさかの大苦戦予想。赤が敵，緑が自分。うわ，待って，ちょっと，助けて。ねえ
お金をありがたく受け取る宗教派閥の指導者。ちなみに賄賂を贈るには銀行が必要なのだが，別に銀行自体は営業不要なので銀行員は一人も働いてない	最終手段，投票所の票をごまかして僅差で当選。大勝利！　勝てばいいんですよ勝てば

　トロピコでは，一定の年数が経過すると国民が選挙を求める声をあげる。別に選挙なんてしないよということもできるのだが，選挙をやらないとアメリカ様が怒るし，国民は民意を取り上げてもらえてないと感じて暴動を起こしやすくなる。
　しかし，うっかり選挙でもやって負けたりすると即ゲームオーバーだ。普通，民主主義ってのは選挙で負けた側はただの人になるだけなのだが，トロピコでは完全に失脚し，海外逃亡，亡命を余儀なくされる。私腹を肥やさず悪いことは何一つしてなくても，だ。ましてや，在野に戻って再選を目指すとか，ありえない。選挙からの敗北は死あるのみ。
　このあたりの，選挙をするかしないかの判断というのは非常に痺れるものがある。国民は治世に満足していても，対抗にリーダーシップのある人間が出馬したら，みんなそっちになびきやがるのだ。

　とはいえ，選挙を避けててもしょうがない。民主的な政治を求める声が高まっているようだし，選挙をやってやろう。とか何とか言ってたら，凄い勢いで相手候補が国民の支持を伸ばしているじゃないですか奥さん。ええい，この愚民どもめ，何故お前らのためだけに働くこの私を支持しないのだ。

　というわけで，こういうこともあろうかとあらかじめ建設しておいた銀行を駆使して，宗教派閥や知識人の指導者に幅広くお金をばら撒いて多数派工作を敢行する。もちろん，選挙に出馬しやがった建設会社作業員からは仕事を取りあげ，マンションから追い出し，路頭に迷わせる。ざまあみろ。しかしあれこれ努力を積み重ねたけど全然支持が伸びない。大統領，ピンチ！

　最後の最後で，投票所の票をごまかすという荒業を敢行し，わずかな票差で見事当選するプレジデンテ。見たまえ，私は島の人々に尊敬され，偉業を認められているから再選されたのだ。

新たにキャバレーで働き始めたのは54歳の女性。うちの島民ってのはあれか，変わった嗜好の持ち主ばかりなのか	2019年の選挙でも凄い劣勢。ヤバすぎる。死ぬ
2026年の選挙も最終手段を遠慮なく行使。いったい何のための選挙なのか本気で分からなくなってきます	ガチでヤバかった最大の試練，大学教授が対抗馬で出て，圧倒的に支持を奪われるわたくし。三倍の敵と戦う羽目に。誰か助けて

　度重なる選挙に疲弊し，もはや民主主義では国民の生活を保証できないと，大統領である私はつねづね考えるようになった。無知蒙昧（むちもうまい）な国民は，いま自分に何が必要かすら分かっていない。こんな阿呆どもを束ねるには，直接民主制による統治ではなく，共産主義によるイデオロギー支配こそが必要なのではないか。

　そう考えたプレジデンテは，外務省を通じてソビエト連邦に同盟依頼の使者を送る……それは2050年のことであった。史実ならソ連なんて地球上にもうねえよ。しかし，ソ連っていい奴なんだ。選挙しなくても怒らないし，ソ連と同盟さえ組んでいればアメリカが怒ることもない…　もうソ連なんて存在しないけど。でもまだきっとあるんだ，僕達の心の中に。

　そしてソ連との同盟……それは，ゲーム開始から100年が経過したちょうどその時であった。

もうこれ以上の選挙は身が持たないので，ソビエト連邦の衛星国となり，ソ連の軍事基地を受け入れる方針を取る。もう2050年なんだけど	選挙を求める国民の声が高まる。だが，誰が選挙なんかやるか
ちょっと分かりにくいけど，頭にオレンジ色の憤激マークが出ているのが反政府デモの参加者。平たく言うとワガママな人達	せっかく金を出してよその国から連れて来た司教が，あっさり若死にして大統領涙目。あーあ
そうこうしているうちに，不満を高めた軍人がクーデターを起こす。パレスガード！　あいつらをやっておしまい！	あっという間に鎮圧。お疲れさまっしたー。しかし，今後も頻繁にクーデターが発生してダルいことダルいこと

　選挙をしばらくやらないと，国民は公平な政治を求めて選挙の実施を強く要求してくるようになる。もちろん，そんなタワ言には一切耳を貸す気もない。もう二度と選挙しないって誓ったんだもんね。だいたい幕府に選挙なんかねえんだよ。選挙したくて暴動起こす奴なんて遠島処分だ！　ここが遠島だけど。

　とか言ってると，選挙がないと不満を高めた兵隊が，拳銃を持ってクーデターを起こしやがるじゃないですか。わわわ，待って待って，私が悪かった，話せば分かる。と見せかけて，笑顔で銃殺して反乱軍を鎮圧。めでたしめでたし。いやあ，危ないところだったぜ。
　今後，しきりとクーデターが起きるので，とにかく兵隊とドック労働者にだけは充分な給料と良い住宅を与えてちゃんと働いてもらえるように一層の努力をする。

　このゲーム，長く政権を持たせようと思ったら，兵隊とドック労働者だけは敵に回してはいけません。兵隊は，まあクーデターが成功しちゃうとゲームオーバーだからってのはあるんだが，ドック労働者は島で生産したコーヒーや木材などを船に積み込むためだけに働く人々。つまり，奴らが働かないと，品物が生産できても輸出ができない，輸出ができないと金が国家に入らない。ああ，なんて大事なのドック労働者。
　ということで，きちんと働いてもらうためにも給料はお高めにセットされております，はい。他の奴らはどうでもいいけど。

2081年，間違って選挙をするを選んじゃったため，選挙趨勢のグラフ（緑が自分）が出たのだが，これがまた凄いことに。選挙ってレベルじゃねーぞ	発電所が完成して大卒女性の職場ができたので，高給を夢見て大学進学熱が突然上がるトロピコ。お前ら現金すぎんだろ
住宅地のど真ん中に突如完成した高圧変電所。ゲームシステム的には実装されてないが，健康被害を憂慮	200年経過。ヤバイことに人口がどんどん増えていく。もっともっと亡命させるか死んでもらわなければ……

　そんなこんなで200年が経過。別に何事も変わりはありません。発展もせず成長もせず，ただクーデターやデモ隊だけが元気に島内を走り回り，問題児は牢獄にブチ込み，未来を失った島民は港から世界へ旅立ち二度と島に帰ることはない。平和だ。私だけが平和だ。

　とにかく皆，夜がヒマなのかバカスカ子供を生んでくれるので，どうしても人口が爆発し，職が足りなくなり，失業によって不満が溜まり，暴動を起こすというメカニズムが働く。こればっかりはどうしようもないんだよね。職が足りないからとどんどん開発を進めても，結局は住宅が足りない娯楽が足りない医療が足りないと無間地獄に陥るので，成長のための成長を止め，島の経済がきちんと回る最小限の施設と職場数を管理することが徳川幕府への近道なのだ。

　そのためには，島民の寿命が延びてしまう医療なんて発展させるのはもっての外。もうこれ以上建設する予定がないので，建設事務所は失業対策のためだけに給料1ドルで毎日が日曜日。たまーに伐採所近辺に木を植えるだけの生活。

　さらに，火力発電所の近くに失業者専用アパートを建設したり，不埒な島民を収容し人知れず射殺するために隔離された飯場が軒を並べたり，テレビやラジオでは政権を美化する放送をじゃんじゃか流して島民の敬意を集めようとするなど，システム的に考えうるあらゆる方法で島の統治を進めていく。徳川幕府を目指していたら，なぜか北朝鮮チックになってしまったが，まあしょうがない，私だって精一杯頑張っているんだ！！

島の将来を悲観して軍隊司令官まで亡命。いったいどこに逃げたんだよ……。しかし，大卒男性の高給職が一個空いた状態に	それを見たトロピコ島民が大学に殺到するの巻。何度も言うけど，お前ら現金すぎだ
島の大聖堂で尊敬を集める司教の娘が，なんとキャバレーで働きだしたでござる。いったい親の教育はどうなってしまったのか	その司教が，娘の働くキャバレーに大聖堂の同僚を伴って見物に来ている。開放的というより，背徳的という印象を拭えない。それでいいのかお前ら

　そして，無事その時は訪れる。300年，ついにこのカリブの島は歴史に冠たる徳川幕府と並ぶ統治期間を達成した！　おめでとうおめでとう。まだソ連も生きてるぜ。ということは，ソ連も300年続いたことになる気もするけど気にしない。
　半年に一度以上暴動が起きる日々もこれでサヨナラ。300年間毎日日が昇っては沈むだけで，何一つこれといった発展をしなかったこの島に，唯一誇れるものがあるとするならば……ないな，別に。

　このゲームは，単に住民の欲望に沿って順番に需要を発生させるという単純で合理的なモデルによって成り立っている。だが，その単純さ故に箱庭ゲームとしての基礎を持っており，その後の箱庭ゲームにおけるの需要ルールのお手本として，様々なゲームに影響を与えた。カリブ海に浮かぶ小さな島という楽園のような題材に比べて，ゲームの設計としてここまでシンプルで，かつ奥の深いコンセプトを実現しているゲームはそうそうない。
　発売から10年が経過しているにも関わらず，いまプレイしても充分に面白いという点がそれを証明している。というか，レトロゲームは回顧する思い出こそ美化されるが，いまプレイし直してもあまり面白く感じない，だからこそリメイクが流行する。
　だがこのトロピコは，いまだ進化の余地を大きく残したまま，箱庭シミュレーションのあるべき姿をすでに提示している。いまどきの牧場ゲームにハマっている諸兄は，是非このトロピコに影響されてもっと奥の深いゲームを楽しんでほしいと願うのである。

300年後のトロピコ。島の南半分しか開発されていない状況は，どうせ大きく発展させても面倒くさいだけで，ずっとお前らは停滞していろというプレイヤーの強い意志を現すものである

人権が認められず，医療不足や自由のない政治体制が如実に現れる満足度データ。いや，ソ連の衛星国なんすよ，うち

とりあえず300年完走。お疲れ様でした。島のみんなは8割がた不幸になってて，次のページでも不幸な皆さんが鈴なりになってます。あーあ

■■切込隊長■■ 言わずと知れたアルファブロガーで，その鋭い観察眼と論理的な文章力には定評がある。が，身も蓋もない業界話にはもっと定評がある。ゲーマーとしても知られており，時間が無いと言いつつも，膨大に時間を浪費するシミュレーションゲームを愛して止まない。先日，自身のBlogで「無間処理地獄」という記事を投稿していた切込隊長。いつもとても忙しそうにしている同氏だが，連絡をするたびに「今回はこんな酷い案件を請け負った」と嬉しそうに語る様子を見るにつけ，きっとマゾ……じゃなくてタフな方なんだろうと感じております