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[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)
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印刷2013/08/24 20:03

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[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)

手島孝人氏(Pixar Animation Studio,Studio Tools Department,Software Engineer)
画像集#002のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)
 1年ほど前の「SIGGRAPH 2012」で,Pixarが発表したオープンソースプロジェクト「OpenSubdiv」を,日本語で解説するセッション「OpenSubdiv: オープンソースの RenderMan 完全互換 GPU対応サブディビジョンサーフェスライブラリ」が,「CEDEC 2013」2日めに開かれた。
 セッションを担当したのは,「グランツーリスモ」シリーズのポリフォニーデジタルから,2年ほど前にPixar Animation Studio(以下,Pixar)に移籍したという経歴を持つ,手島孝人氏だ。非常に濃い内容だったため,前後編に分けてレポートしよう。


ゲームグラフィックスとは異なる

Pixar独特の“ジオメトリ文化”


Pixar映画はすべてがSubdivision Surfaceを元に作られている
画像集#003のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)
 昨年のおさらいになるが,OpenSubdivを一言でいうと,Pixarが過去15年間の作品すべてで採用してきたSubdivision Surface技術を,オープンソース化したプロジェクトである。

 Subdivision Surfaceとは,低ポリゴンの3Dモデルや3Dオブジェクトを,滑らかな曲面になるようにポリゴン分割する技術だ。DirectX 11世代GPUが持つ「テッセレーションステージ」にも,その考え方が応用されている。
 現在のゲームグラフィックスは,それなりにポリゴン数の多い状態でモデリングしておき,視点から近くなったときにだけ,より多くのポリゴンを使った形状を表現するために,テッセレーションステージを活用している(実際にそこまでやっているものは少数派だが)。

 しかし手島氏によれば,Pixarの場合,ゲームグラフィックスとはこの点において文化がまったく異なり,基本的に3Dモデルは,低ポリゴンでしかモデリングしないのだという。低ポリゴンでモデリングした3Dモデルは,実際に使用するレンダリングのときに,その視点からの距離に応じて,適切な曲面にサブディビジョン(本稿ではテッセレーションと記す)するというのが,Pixarの文化であるそうだ。

 Pixarの場合,そのテッセレーションによるポリゴン分割をどのくらいまでやるのかというと,1つの三角ポリゴンが,描画時の1ピクセル未満になるまで分割するというのだ。ゲーム業界のアーティストが,そんなやり方を聞いたら驚くのではないかと思うが,逆にPixarのアーティストからすれば,最初から多ポリゴンモデルを活用するゲームグラフィックスの文化のほうが,驚くべきやり方なのかもしれない。

 手島氏は実例をもとに,Pixarの手法を説明した。たとえば,現在公開中の映画「モンスターズ・ユニバーシティ」で使われている「手すり」の場合,モデリング段階では,わずか581ポリゴンしかない(下のスライド左側)。しかし実際の描画時には,これを1ピクセル未満のマイクロポリゴンにまでテッセレーションして,スライド右側のように「ポリゴン数=不明」の曲面になるまで分割しているのだそうだ。

モンスターズ・ユニバーシティで採用された手すりの3Dモデル。元のデータは携帯ゲーム機レベルのジオメトリ量だが,映像にするときは膨大なポリゴン数にまで分割している
画像集#004のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)

 「それは背景オブジェクトだからできる話では?」と思うかもしれないが,もちろんそんなことはない。たとえば下のスライドは,「トイストーリー」シリーズの主役「ウッディ」の,作中に用いられていた3Dモデルだ。ポリゴン数にして約2万ポリゴン。PlayStation 3世代のゲームで使われる主人公キャラ程度のポリゴン数だが,スライドを見ると分かるように,ベルト中央のメダルなどは,相当に粗いモデルリングだ。これが映画ではどう表現されていたかは,改めていう必要もないだろう。

「トイストーリー」のウッディですら,このレベルのポリゴン数で作られている
画像集#005のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)

 手島氏によれば,「Pixarのアニメーション作品で2〜3万を超えてモデリングされるキャラクターは,ほぼないといっていい」という。
 Pixarでは文化的に,ローポリゴンモデルを使うのが基本であるが,その代わり,「デフォーマ」(Deformer)と呼ばれる,3Dモデル上の頂点を変形制御する「リグ」のようなものを,膨大に仕込んでいる。前出のウッディのようによく動くキャラクターの場合,4000〜5000ものリグが仕込まれているとのことだ。
 逆にいえば,3Dモデルの頂点数が少ないからこそ,複雑なリグを仕込んでも動かすことができる,ということだろう。

 ゲームグラフィックスの場合,多ポリゴンモデルに数十程度のボーン(リグ)を仕込んだ作りになっていて,頂点に対してのボーンスキニング※1を行うことくらいしかできない。いじれる部分と言えば頂点に対して与えるウェイト量くらいだ。
※1 3Dキャラクターの動作時に,伸び縮みする外皮が破綻しないように頂点をブレンド(頂点ブレンディング)して,自然に補間(スキニング)する仕組み。

 Pixarはゲームグラフィックスとは逆で,元の3Dモデルは低ポリゴンとし,変形などの「アニメーションのさせ方」(リギングメカニズム)を複雑にしようという考え方をしている。そして,低ポリゴンのモデルを数千のリグによって動かしたあとに,そのフレーム描画に必要な解像度でテッセレーションを行って,さらにディテール表現を加えるディスプレースメントマッピングを施し,最終的な品質を実現しよう,というワークフローをとっているわけだ。

 低ポリゴンモデルに複雑なリグ構造が仕込めることの,何が利点かといえば,複雑なアニメーションや変形メカニズムを,実用的な速度で計算できるということにある。
 Pixarでは3Dモデルに対して,表皮変形にブレンドシェイプ※2を用いたり,布シミュレーションや柔体物理(ソフトボディ)シミュレーションを適用したり,さらには表皮上の頂点レベルの衝突判定や体積維持処理を計算したり,といった複雑な計算を行っているという。たしかに,こうした複雑な計算を多ポリゴンモデルに行おうとすると,計算負荷が高くなりすぎる。
※2 変形前モデルと変形後モデルを用意して,その間を滑らかにつなぎつつアニメーションさせるという,頂点レベルのモーフィング手法。

「低ポリゴン×高度なリグ×高効率なアニメ制作」という,特徴的なPixarの制作文化を説明したスライド
画像集#006のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)
 大雑把に言えば,多ポリゴンで表現される曲面やディテール表現とは,映像を“よりよく見せる”ためのポストエフェクトにしかすぎない。それならば,アニメーションさせた結果に対して行えば十分だ……というのが,Pixarの考え方なのだろう。
 裏を返せば,Pixarは映画作成において,それだけアニメーション表現やエモーション表現に重きを置いているということでもある。この方針の是非やワークフローの正当性については,改めて語るまでもないだろう。なにしろ,彼らには15年間の実績があるのだから。

 余談だが,Pixar作品のキャラクター達は多彩な表情を見せるが,意外なことに,演者が表現する顔の動きをキャプチャして,それをキャラクターの顔の動きにかぶせる「フェイシャルキャプチャ」技術(パフォーマンスキャプチャ技術)は,ほとんどが使ったことがないという。あの多彩で魅力的な表情アニメーションはすべて,複雑なリグを操作することによって作り出される,プロシージャルベースによるものなのだ。


Pixarの手法をデファクトスタンダードに

するためのOpenSubdiv


 さて,そうした文化的背景でCG映画を制作しているPixarだが,問題もあったという。それは,複雑なリギングによる高度なアニメーション表現を,低ポリゴンモデル上で制作しなければならないことだ。
 最終的にどう見えるかは,マイクロポリゴンにテッセレーションしたうえで,ディスプレースメントマッピングでディテールを付加してからでないと,確認ができない。その1フレームをレンダリングするには,数分〜数時間かかるのだ。

 この作業工程を高速化して効率を上げるには,Pixarのアーティストが作業するワークステーション上で,(マイクロポリゴンは無理だとしても)そこそこのポリゴン数でテッセレーションとディスプレースメントマッピングを加えて描画された結果を,リアルタイムで確認できるようにする必要がある。

OpenSubdivはPixar自身のためでもあった
画像集#007のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)
 ちょうどその頃,PC用GPUにテッセレーションステージが搭載されるようになったので,そうした作業がリアルタイムにできるのではないかと考え,そこで,彼らが長年使ってきたSubdivision Surfaceのアルゴリズムを,PC用GPUを使ってリアルタイムに実現するプロジェクトが立ち上がった。これが,OpenSubdivプロジェクトにつながっていく。

 なぜ,それをオープンソース化したのかと言えば,3Dグラフィックス業界に,Pixarの制作スタイルや文化がデファクトスタンダードとなるように,広めていくためである。
 たとえば,他社が開発する3Dグラフィックスソフトや関連ツールが,PixarのSubdivision Surfaceと同じアルゴリズムで実装されていたら,Pixarもそうしたソフトやツールを自分たちのワークフローに導入しやすくなり,作業効率を上げられる。Pixarでは,制作に関わるツール類をほとんど内製しているが,他社のツールにもPixarの文化が浸透していくことは,彼らにとってもメリットが大きいと判断したわけだ。

OpenSubdiv公開がPixarにもたらすメリット
画像集#008のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)

 では,なぜこれまで彼らのSubdivision Surfaceが,グラフィックス業界にそれほど浸透してこなかったかといえば,それは特許問題があったためだ。
 Subdivision Surfaceが採用しているテッセレーションアルゴリズム「Catmull-Clark(カトマル・クラーク)法」は,1978年にEdwin Catmull氏とJim Clark氏が発表したものだが,これを利用するときのデータ構造や,その取り扱いアルゴリズムなどの特許を,Pixarが広く押さえていた。しかし,OpenSubdivプロジェクトの発足に当たって,Pixarは関連特許の使用をすべて無償化し,ライセンスフリーとした。
 これによって,グラフィックス業界はこの技術をベースにしたソフトウェアやハードウェアを,開発しやすくなったというわけだ。

画像集#009のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編) 画像集#010のサムネイル/[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)
OpenSubdivは,ソフトウェア開発者向けサービス「GitHub」上で公開されている(左)。対応プラットフォームは幅広く環境を選ばない

 これまでにも,Pixar式のテセレーションを使った3Dモデル表現が可能なコンテンツ制作ツールとしては,「Autodesk Maya」などが存在した。しかし,それらコンテンツ制作ツールを使って制作した3Dモデルを,ゲームグラフィックスで表示させようとすれば,ゲーム側のグラフィックスエンジンにPixarの特許に抵触するコードを組み込む必要があった。これではゲームグラフィックスにPixarの技術を組み込むことは,現実的ではない。
 手島氏は憶測と断ったうえで,「もしかすると,こうした背景があったからこそ,ゲームグラフィックスは多ポリゴンモデル主体の文化体系になってしまったのかもしれない」と述べていた。だが,今後は特許に絡む心配もなくなるので,ゲームグラフィックスの世界にも大きな転換が訪れるしれない。

 最後に,手島氏が出演するOpenSubdivの公式紹介ビデオを紹介しておこう。Pixarが公開した映像で,最初から日本語のビデオはこれが最初かもしれない(笑)。後編の前に参照しておくと,分かりやすくなるだろう。後編では,もう少し技術寄りの話題と,ゲームグラフィックスとOpenSubdivがどう関わっていくかについてレポートしたい。


OpenSubdiv 公式Webページ(英語)

CEDEC 2013 公式Webサイト

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