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[CEDEC 2013]「日本人のためのMMORPGの開発」聴講レポート。「ドラゴンクエストX」が破ったオンラインゲーム開発の“常識”,そしてドラクエが挑戦する理由とは?
本セッションは,「ドラゴンクエストX」のディレクターを務めるスクウェア・エニックスの藤澤 仁氏が登壇し,「ドラゴンクエスト」をMMORPGというジャンルに生まれ変わらせるために何をしたのかを解説するという内容。
国民的なブランドであるドラゴンクエストを,まだまだ日本ではメジャーとは言えないMMORPGというジャンルへと作り替えていく過程は,藤澤氏曰く「真に日本人のためのMMORPGとはなんなのか,という答えを探し続けるようなもの」だったという。
しかし,こうした挑戦について,疑問を口にする人も少なくないと藤澤氏は続ける。要するに,「ドラゴンクエスト」シリーズは敢えて何かに挑戦しなくとも十分なネームバリューを持っているではないか,1作ごとに新しいシステムを採用する「ファイナルファンタジー」シリーズと比較して「ドラゴンクエスト」は変わらないところがいいのではないか――といった声が少なくないのだという。
では,そうした逆風を乗り越えてまで,なぜ挑戦しなければならないのか。この疑問への回答は,堀井雄二氏らとともに登壇したCEDE 2009の基調講演「国民的ゲームとは何か」にも含まれているとしながら,藤澤氏は,「答えはセッションの最後に」として,講演を続けていった。
オンラインゲーム嫌いの藤澤氏が「ドラゴンクエストX」のディレクターに就いた理由
話がいよいよ本題へと入ろうかというとき,藤澤氏が話題にしたのは,2011年9月5日に「ドラゴンクエストX」がMMORPGであると発表されたときの世間の反応であった。このときの「ドラクエ本編でなければよかったのに!」といったような反応から,必ずしも歓迎されない,逆風のスタートだったと藤澤氏はふり返る。
とくに「人に気を使いながらRPGなんて遊びたくない」という意見から,世の中には「RPG=一人で没頭する“読書的”な楽しみ」「MMORPG=大勢で挑む“冒険的”な楽しみ」というように,両者は異なるジャンルとして認識されていることをあらためて実感したという。
ここで“あらためて”というのは,4Gamerでのインタビューでも藤澤氏が言及しているとおり,氏自身も当初は「ドラゴンクエスト」のオンラインゲーム化に反対しており,そうした世間の反応とまったく同じことを思ったからである。
そもそも,藤澤氏が「ドラゴンクエストX」チームへの参加を打診されたのは,「ドラゴンクエストVIII」の開発が終了した頃。当時の氏は,MMORPGなんて自分自身が遊びたくないし,そもそもよく知らないから,そんなものは作れないと話をキッパリ断ったという。
しかし,結果として藤澤氏は「ドラゴンクエストX」のディレクターを務めることになるわけだが,ではなぜ,氏はディレクターを引き受けたのか。そこには3つの理由があった。
第一の理由は,「自分で経験することで見えた2つの問題点」だ。
藤澤氏は,自身でMMORPGをプレイしてみたものの,最初は他人と一緒に遊ぶことがどうにも性に合わなかったとふり返る。その後,何度も挫折を繰り返すうちに,ある日,面白いと感じるようになったのだが,その面白さに到達するためのハードルがあまりにも高すぎる――と強く認識したのだという。これが最初の問題点である。
2つめの問題点は,MMORPGの“お約束”“セオリー”“常識”である。プレイヤー側が共同体を維持するための“常識”が存在するのは構わないが,その常識の実態とは,ベテランプレイヤーが突き詰めた効率のよさである,と藤澤氏は指摘。さらに,それがゲームデザインにまで影響を及ぼすようになった結果,MMORPGを含む当時のオンラインゲームは,初心者の参加を阻むような先鋭化に走りつつあったと語る。
そして,このような問題点を目の当たりにした結果,藤澤氏は,開発者としてそこに取り組む意義を感じたのだという。
氏がディレクター就任を決めた2つめの理由は,先の話にも通じるのだが,「チャレンジャーとして臨める環境」を求めてのことだった。藤澤氏は,堀井氏のアシスタントとしてゲーム業界に入り,ずっと「ドラゴンクエスト」シリーズに携わってきた結果,常に「絶対に外すことができない,ヒットして当たり前」という環境下にあった。そのため,「ドラゴンクエストX」にてMMORPGにチャレンジし,それを世に問うということは,クリエイターとして魅力的だったというわけだ。
そして3つめの理由は,「仲間達からの勧誘」だ。当時の「ドラゴンクエストX」チームには,黎明期からオンラインゲームの運営開発を手がけていた齊藤陽介氏と安西 崇氏,そして現在は「ファイナルファンタジーXIV:新生エオルゼア」のプロデューサー兼ディレクターを務める吉田直樹氏など,錚々たるメンバーが顔を揃えていた。
そこに,オンラインゲームの素人とも言える藤澤氏がディレクターとして加わることにどんな意味があるのか。氏は,単にオンラインゲームを作るだけでは不十分であり,きちんと「ドラゴンクエスト」を作り,かつMMORPGとして成立させなければ,もはやMMORPGというジャンルが日本に根付くことはないという彼らの決意を感じたという。さらに齊藤氏から「これなら自分でも遊べると思えるMMORPGを作ってほしい」と言われたことが,最後の後押しとなった。
1986年に発売された初代「ドラゴンクエスト」が,RPGというジャンルを日本においてメジャーな存在にしたのと同じように,MMORPGを日本でメジャーなジャンルに成長させよう――ディレクターに就任した藤澤氏も,そう決意を固めたのだという。
日本人がMMORPGを敬遠する理由から導かれた「ドラゴンクエストX」の開発コンセプト
藤澤氏は,発表後に人々が挙げた「ドラゴンクエストX」を敬遠する理由を,“環境的制約”“金銭的制約”“心理的制約”の3つに分類し,これらはそのまま,プレイヤーがMMORPGを忌避する理由につながると考えた。
この制約への対応策は,2013年9月26日のPC版のリリースおよびサービスインである。また,PC版の正式サービスにプレイデータを引き継げる先行体験版の準備が進んでいることも,藤澤氏から明かされた。
続く金銭的な制約は,サービス料金に対するもの。これの対応策は,まず当時,比較的安心と見なされていた月額制を採用し,金額も一般的に1200円〜2000円程度のところを1000円に抑えた。その上で,無料でも1日2時間限定で遊べる「キッズタイム」を設けて対応した。
最後の心理的制約については,藤澤氏自身,今なお悩まされる課題だという。「私はオンラインゲームをやらない」という理由で「ドラゴンクエストX」をプレイしない人達に,藤澤氏が直接ヒアリングしたところ,その多くは「なんだか難しそう,めんどくさそう」「人と一緒に遊びたくない」「ゲームをやめられなくなる恐怖」の3つに集約されるという。
氏は,それらを「MMORPGに対する世間の悪い印象そのもの」とし,それぞれを払拭しなければ,日本人に向けたMMORPGは作れないと感じたという。その上で掲げた「ドラゴンクエストX」の開発コンセプトが以下の3つである。
「いつもの『ドラクエ』と同じ」
「一人でも遊べる」
「依存しないゲームデザイン」
コンセプトに沿って,具体的にどうしたかという例も示された。「いつもの『ドラクエ』と同じ」という部分は,画面上の情報を可能なかぎりシンプルにし,またコマンドメニューを従来の「ドラゴンクエスト」シリーズと同じになるようこだわった。
またサービスイン(バージョン1.0)の時点でエンディングまでの全シナリオをプレイ可能にし,エンディングに到達したタイミングでゲームを止めてしまっても構わないという,いわば一人用のRPGが持つ“伝統的な楽しみ方”も提供した。
また「人と一緒に遊びたくない」という部分に対しては,ログアウト中のほかのプレイヤーをNPCとして雇える「サポート仲間」というシステムを用意し,一人でも遊びやすいようにした。
「ゲームをやめられなくなる恐怖」に関しては,ログアウトしていることにメリットを与える方向で解決を図った。なお,この点に関しては,当時,オンラインゲーム依存が問題視されていたことから,「ドラクエを社会悪にしてはいけない」という堀井氏の強い意向があったという。
具体的には,上記のサポート仲間として別の誰かに雇われると,自分でプレイしなくても経験値とゲーム内通貨を稼げること,くわえて「レストボーナス」システムの応用として,経験値/ゲーム内通貨が一定時間倍になる「元気玉」システムを実装した。
また,毎日遊ぶことを義務化しないよう,ログインボーナスのような仕組みは排除し,レベル差のあるプレイヤー同士でもパーティを組め,かつその場合の経験値の分配にも配慮したという。
オンラインゲームとしての面白さをプラスするためのチャレンジ
さらに藤澤氏は,上記の懸念を解消したうえで,オンラインゲームとしての楽しさを加えていったと語る。その一つが,プレイヤーを人間以外の種族にしたことだ。ここでまた,主人公が人間ではないという点において,いつもの「ドラクエ」と違うという議論が生じたが,主人公が人間/多種族の姿を持ち,それがストーリーに深く関わるという設定を用いることで解決した。
3つめは,コミュニケーションの楽しさ。いくら一人で遊べるとは言っても,ほかのプレイヤーとのコミュニケーションは,オンラインゲームの楽しさの一つとしては外せない。そこでキーボードを使わずとも,ボタン操作だけで「おうえん」や「ジャンプ」ができるようにし,また頻繁に使う言葉は「よく使うセリフ」として登録/呼び出し可能にした。
また,低年齢プレイヤーが,さまざまなトラブルに巻き込まれないよう,相互認証のない状態での1対1のチャット(tell,wisperなど)を制限し,安心・安全にこだわっているという。
オンラインゲームとしての新たな可能性の追求としては,サーバー間の移動をフリーにした点が挙げられる。一般的なオンラインゲームだと,最初にキャラクターを作成した時点でそのキャラクターが所属するサーバーが決定してしまい,以降は特定の手続きを踏まないとサーバーを移動できない。すなわち友人知人であっても,サーバーが異なるために一緒に遊べなくなってしまうのだが,「ドラゴンクエストX」では,サーバーを自由に移動できるので,そうした心配がないのだ。また一度パーティを組めば,メンバー各自がそれぞれ別のサーバーにいても一緒に遊べるという仕様も,ほかのタイトルにはない画期的な要素である。これらは,「一緒に遊ぶ機会を失わせない配慮」として,最初に齊藤氏が提案したことなのだそうだ。
サービスイン後,実際に多くのプレイヤーが遊んだことで変化した運営開発体制
さて,2012年8月2日にサービスインした「ドラゴンクエストX」は,「思った以上に『ドラクエ』」「本当に一人で遊べる」「短時間でも楽しめる」といった反響を得る。
しかしその一方で,いくつかの問題も発生。まず,想定を超える数のプレイヤーが押し寄せたために,技術的な問題が発覚し,連日の緊急メンテナンスの実施と,サーバー数の倍増という形で対処することとなった。
またプレイヤーから寄せられた提案に伴い,仕様が改修された事例として,一部モンスターの狩場にプレイヤーが集中してしまった問題への対処がある。この問題に対しては,獲得経験値の見直し,強いモンスターを倒すことで得られる「強敵ボーナス」システムや,同じモンスターを100倒すと「ちいさなメダル」が得られる「モンスター討伐隊」という仕組みの導入で解決が図られた。
ただし,こうした提案が実現する例は極めて少ないという。というのは,一見すると簡単そうな問題に思えても,実は技術的に難しいケースが多々あるからだ。また「ドラゴンクエストX」チームには,今後ゲームをどういう形にしていくかという確固たる方針があるため,その方針に沿っていて,かつ実現可能な提案ということになると,どうしても実現できるものは限られてしまうということもある。
一方,藤澤氏が運営上の失敗例の一つとして挙げたのは,「名声値」の不具合の対応についてである。これは一時期,想定を超える量の名声値を得られるようになっていた不具合を,詳しく説明しないまま本来の設定に直してしまい,かつすでに獲得した名声値は修正しなかったという事例だ。そもそも名声値は,キャラクターの成長にとってさほど大きな影響のないパラメータであり,藤澤氏はのちのち帳尻あわせができるような施策も考案していた。
しかし,それらの事実や予定を知っているのは運営開発チームだけであり,プレイヤーはそうではないのである。そのギャップを認識しないまま,一方的に修正を施したため,それまでに名声値を得る機会のなかったプレイヤー達からは「不公平である」などの非難の声が挙がることになった。
結果,すべてのプレイヤーが等しく名声値を得られるよう,再び仕様が変更され,藤澤氏から謝罪や経緯の説明がなされ,今後,名声値がどのように使われるかなどの説明がなされた。
氏はこの事態を,プレイヤーにとっては情報不足から来る不安と,運営開発チームとしては情報公開に充てる労力の不足の双方から生じたものと分析し,以降,「中長期的展望」「開発・運営だより」「ディレクターコメント」といった形で,折に触れて情報を開示していく方針を決めたという。
セッションの終盤では,藤澤氏がサービスインから1年を迎えた「ドラゴンクエストX」について,連日25万〜30万人のプレイヤーがログインしている状態であると報告。企画開発に関わる前はある意味で嫌悪感すら抱いていたオンラインゲームだが,こうして大きな反響があることを目の当たりにするうち,「作ってよかったな」と感じるようになったと氏は語る。
そのうえで,セッション冒頭の「ドラゴンクエストはなぜ“挑戦”するのか」というセントラルクエスチョンへの,藤澤氏としての回答も示された。
氏は,「ゲームは形式美を尊重する古典芸能ではない」とし,「時代に合わせて挑戦し,存在するための選択肢を増やしていかなければ,たとえ『ドラゴンクエスト』と言えども存在できなくなる」と説明。さらに「新しい挑戦は,笑われたり,そもそも相手にされなかったりと大変ですが」としたうえで,「これからもドラゴンクエストは“挑戦”し続けていきます」と語った。
藤澤氏は,市場の志向を分析すること自体は決して悪いことではないが,そのために「自分が面白いと思う」という部分が欠落してしまっては,面白いゲームは作れないとし,「世界のマーケットは,私達が思っている以上に進化や変化に寛容であるように思う」と述べる。
そして最後には,「ゲーム開発に行き詰ったとき,唯一信じていいのは,自分の中にある『これ,面白い』というインスピレーションだけです。それを信じて“新しいこと”をやりましょう」と会場の聴講者に呼びかけ,セッションを締めくくった。
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